ちわわわっす。なんちゃってアジアンテイスト逆ハー創作【彩の雫
】33話。
簡単なあらすじ: 故郷を奪われた少女・灰白は「極彩」と名を偽り仇の国である風月国に潜みます。
差し出し人不明の紙に書かれた場所へ向かうと、差出人は幼少期突然姿を消した初恋の相手・武芸の師であった。彼は灰白が懇意にしていた官吏・群青によって刑罰を受けた身だった。
灰白(極彩):故郷の復讐を誓うが、周りとの繋がりに戸惑いはじめているようだ。
縹:灰白の復讐の共謀者であり、叔父を偽る復職した若手官吏。24歳。
紫暗:極彩(灰白)の世話係。朗らかな少女。14歳くらい。
群青:仕事中毒な官吏。灰白と同年代の穏和な青年。刑罰により白磁の右耳を削ぐ。
花緑青:退廃地区の生まれを告白した謎の多い芸妓。
白磁(月白):灰白の四季国時代の武芸の師。強い地方訛りで喋る全身真っ白な青年(推定年齢30代後半)。◇◆◇◆◇◆◇◆
縹の視線は師の小さくなっていく姿を追っていた。
「迎えに来てくれたんですか」声を掛けると師への視線を断ち切り、灰白を向く。
「花緑青殿のことも心配だからね」
縹は灰白の顔を見て、わずかに目を見開いた。だが何も言わない。今生活しているのは風月国であり、そしてそこの城だ。四季国にはもう戻れない。師も別人と化した。また四季国で武芸を教わることなど叶わない。
「四季国で世話になった…先生でした」
「…そうかい」
訊かれていないがそう説明した。縹の相槌は優しかった。花緑青の稽古が終わるのを待つ間は無言だった。思っていたよりも早く花緑青は小路を横切った。花緑青を呼び止め、洗朱地区を出ると縹が牛車を呼んで、揺られながら城へ帰る。その間のことな覚えていない。ぐるぐると思い出と現実が交互に頭の中を駆け巡る。離れ家に戻っても師のことと洗朱で見た死にゆく命のことを考えていた。紫暗は何も言わずに傍に控える。膝の上に乗った白く細い手がいつになく弱々しく思えて声を掛ける。
「紫暗」
紫暗は灰白の視界に入っていたことに驚いたらしかった。控えめに返事をする。
「紫暗は初恋はいつだった」
「えっ」
意外な問いに紫暗は声を上げる。
「初めて好きになった人に会ったんだ」
落ち着いて武芸に秀でた、静かで端麗な年上の男。
「…そうだったんですか。自分は…、八百屋のお兄さんだったと思います」
「まだ覚えてる?」
「何となくは。もう結婚してるんですけど」
紫暗は宙を見上げて思い出している。
「もしその人が見た目は全く変わってないのに、中身が全く違っていたら…どう思う?」
「そうですね…大分経っていますし…人は変わりますからね」
「別人くらい違っても?」
紫暗は容易く頷いた。
「こういう言い方が正しいのかは分かりませんが、人は死ぬまで未完成だといいますからね。それまではどうとでも変わりますよ、望むか望まないかは問わずに」
「う~ん、そういうものかな」
「簡単じゃないとは思いますよ。作為的にやるなら尚更。性分とかありますから、そればっかりはなかなか、抗えないと思います」
師に何かあったというのか。群青に右耳を斬り落とされたことと関係があるのだろうか。師は何をしたのだろう。師が何か隠しているのか。手紙で問うて、返ってくるのか。返ってきたとしてもあの様子では雑にはぐらかされるだろう。
「初恋の相手が、随分と変わってしまわれたんですか」
「…うん」
「思い出は美化されてしまいますからね」
紫暗は布団を敷いて、そして灰白の入浴の準備をしている。灰白はただ師のことを考えて、ぼうっとしていた。
夜になっても、師の斬られた右耳と洗朱で見た痩せ細り骨と皮だけになった子どもの姿が脳裏に焼き付いて眠れそうになかった。そして花緑青の仄暗い顔。紫暗を下がらせ、離れ家には誰もいない。外通路へ出て竹林のざわめきを暫く聞いていた。洗朱に吹く乾いた風とは違う、湿った心地良い風。城の中を歩く。下回りの者たちはすでに仕事を終え、誰もいない。城だというのにあまりにも警備は杜撰だ。風月王と二公子が帰ってくれば人が増え、夜の見回りが配備される。そうなればこうして夜中に城を歩き回ることは出来なくなるだろう。何を気にしているのかと思った。風月王が帰ってきたのなら目的を果たすだけ。夜に出歩けなくことを気にする根本から抉り取るのだ。
「極彩様?」
厨房から出てきた人物とぶつかりそうになる。右腕を吊った白い布が視界いっぱいに入り、薄荷の香りがした。
「ぐん、じょ…う殿」
知らない言葉と抑揚のある訛りが、群青に右耳を斬り落とされたと話していた。右眼もその時に損傷したと。群青の顔を見つめたまま思考は違うところにある。群青は困ったように笑みを浮かべて首を傾げた。
「眠れませんでしたか」
群青の左手には紙が複数枚握られていた。細かな印字が見える。色の付いた線が数ヶ所を強調していた。
「うん…ちょっと」
「縹殿もいらっしゃいますから、執務室に寄ってみるというのはいかがですか」
ふわりと笑う。共に外出をしてから群青は柔らかな笑みを見せるようになった。灰白は、そうだね、と返してまだ仕事を続けるらしい群青と別かれた。執務室とは逆の方向へ行った。執務室に群青がいないのなら。灰白は執務室へ向かった。扉を叩いて、縹の返事を待つ。入室許可が下りて中へ入ると、書類や参考書が積み上げられ、囲まれた作業机のある窓際から扉付近の比較的物の少ない革張りのソファに縹は移動する。乱れていた髪を雑に結い直しながらソファに座ることを促す。灰白はソファと呼ばれる弾力性のある腰掛けの弾かれるような感触が最初は苦手だった。弾かれて落ちてしまうのではないかと思っていた。だが今は慣れたどころか心地良くすら感じる。
「何となく、君が来るような気がしていたよ。眠れないのではないかと思ってね」
縹は急須を出して灰白の対面に座る。
「お仕事中にごめんなさい…」
「構わないよ。こんな時間まで仕事しているほうにも非がある」
苦笑しながら灰白と縹を隔てるテーブルの上に置かれた茶筒を手にした。開けるのに少しばかり手こずっているようだった。空気の抜ける音がして、急須へ茶葉を入れていく。
「洗朱通りで、子どもが横たわっていました。痩せ細って、もう骨と皮だけって感じで」
縹は驚いた風もなく、そう、と短く答えて急須に湯を入れる。執務室にはポットと呼ばれる電気で水を数十秒で湯にする薬缶(やかん)があった。そのことにももうあまり驚きはない。
「君には刺激が強かったか」
「縹さんは慣れてるんですか」
花緑青は慣れていた。
「慣れはしないよ。人それぞれ親がいて家があって思い出があって、死地がある。みなそれぞればらばらだ。原因も場所もその日の天気も、時間帯も。…慣れるということが驚かなくなった、引き摺らなくなったということなら、慣れたということなのかも知れないけれど」
縹は湯を注いだ急須をテーブルに置いた。短く息を吐き、湯呑みが並ぶ棚へ向かう。
「ただ次もまたこういうことがあるのだと思う。自分が呈した策で…自分が通せなかった策で、沢山の人々が死んでいる。ボクに声は聞こえず、姿も見えずにね」
業の深い仕事はそれが厄介なんだよ。口調は淡々としている。灰白は急須を見つめていた。
「目に見えたことが全てではないからね。まだ片鱗に過ぎない。目に見えたから、やっと意識の中に浮上した。分かってはいるのだけれどね。実感も感触もなく、数字に入らない命が消えている」
湯呑みが小さな音を立てて2つ並べられた。縹が自分のことを話すのは珍しい思った。
「洗朱地区はそれを強くボクに思わせる。皺寄せはほぼあそこに行くからね」
急須を持ち上げ、色付いた湯が湯呑みに流れていく。細かい茶葉が湯に躍る。
「だからあそこに住んでいたんですか」
「そうだよ」
「一度、お辞めになったんですよね」
2つの湯呑みに均等に茶を注ぐ。終わるまで縹は口を開かなかった。縹が詮索を嫌う傾向にあったのは知っていた。踏み入り過ぎたかと縹の顔色を伺った。