【新連載】契り千切る2 | さいですか。

さいですか。

ゲスくて畜生な内容ばかりです。よろしくおっぱっぴー。
※一部記事タイトルに好きな曲の歌詞の一節を使用しています。


かゆうま日記~ゲスver.~



※主に関ケ原で活躍した武将たちの輪廻転生・現パロです。
※場合によっては女性に転生してしまった設定の武将もでてきてしまいます。

※だいたいほのぼの、たまにシリアスでいこうと思います。

※今回は字だけですが、いずれはイラストなども付けられたらと思います。



かゆうま日記~ゲスver.~



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 隣の部屋から、念仏が聞こえる。朝からずっとだ。同居人の部屋の戸を少しだけ開いた。僕は普段はヒゲを伸ばしたまま、あまり服装に気を遣っていない彼の、意外な一面を見ることになる。


 僕は現代に於いてなら、もともとは孤児だった。そんな境遇を変えたのはふと現れた黒いキツネ。それ・島殿は、僕の「顔も知らない親友」の臣下。けれどそれは、400年と少し前の話。現代の話しとするならば、島殿は僕の養父ということになって同居している。島殿は、400年と少し前に死んでしまった僕や、「顔も知らない親友」とは違って、400年と少しの間、生きてきたと言っていた。


 長かった顎鬚を剃り、しっかりと純白と着物を着込んだ島殿が座って、口だけが動いていた。
 話掛けていはいけないような雰囲気に僕は、除いていた戸を閉める。
 島殿とは、アパートを借りて暮らしている。一緒に契約をしに行ったから、それまではどこでどうして暮らしていたのだろうか。肉体的な年齢なら島殿の方が圧倒的に年上であり、肉体的な年齢だけなら、年が2桁(ふたけた)いったのかどうかという僕に様付けで呼び、丁寧な口調で話すのは滑稽であった。
 何の手がかりもなく、島殿はただ、生まれ変わってしまって顔立ちも性別も、出身地も分からない人物を探す気でいるようであった。それにくわえ、生まれているかも分からない。人間であるのかも。僕に出会えたのは、本当に偶然といってもいいのではないだろうか。
 僕は時計を一瞥し、夕飯の買出しをしてこようと溜め息をついた。
 島殿が念仏を長時間唱えているのは今日だけではない。カレンダーを見遣って数えると大体2週間ほど前。昔はカレンダーなんて便利なものはなかった、と思った。
 
「大谷様」
 背を向けた戸が開いて、僕を呼ぶ声。
「はい?」
「殿が見つかるまでは、この日は、来年も再来年も、そのまた翌年も、断食致しまするゆえ、左近めの食事の支度は・・・・」
 肉体的年齢のせいで、現代に於ける義務的な教育を受けねばならない僕は帰宅すると、買い出しに出掛けるのが日課だった。島殿は、平日の今日は勤め先を休んだようだ。
「作るだけ作っておきます。食べないのでしたら、後日に回しますから」
 今日はそういう日なのか。僕は何も知らない。島殿も話そうとはしない。島殿と出会ってから暫く経つけれど、あまり過去に関わるような会話は避けていたようにも思われる。僕が、記憶にとても焼きついていた小僧の名を聞いて、記憶を取り戻したからだろうか。
「かたじけない」
 島殿はそう言ってからまた部屋に戻り、念仏を唱えだす。
 島殿とこの身でとても長い間いたというわけではないけれど、島殿が強い関心を向けるのは、僕の親友であり、島殿の主である者のことだけ。つまり今日は、その者に関わりがある日。なんなのだろう。誕生日。いいや、当時はそんな概念はなかった。出会った日だろうか?どこかピンとこない。命日。彼は関ケ原で散ったのではないのか?ぐるぐると考えながら玄関から出ていった。

 この姿で食材の買い物はおかしいのか、よく人目を引いては、老婆というにはまだ若いくらいの女性から声を掛けられる。昔は病から、白い布で目元以外を覆っていて、人目を引いた気がする。目が見えなくなってしまったから、気配で察するしかなかった。生まれ変わって、健康的な身体になってよかったと思う。歩けるというのは、いいものだ。昔の僕は、その病で歩けなくなってしまったから。
 島殿は食べないというし、簡単に作れそうなものだけを買って、少しこのスーパーからは離れた本屋に向かった。親友の名前は覚えている。顔も、覚えてはいるけれど、今現在の彼の外見は知らない。
 何でもいい。石田三成の本があれば。今日は何の日なのか。
 当時を生きていた僕よりも、当時を知らずに推測した人たちの本を頼るしかない、というのがつまらない冗談のように思えた。

 それらしい題名の本を適当に引っ張りだし、開く。

 月日だけなら、今日の日付が、印刷されていた。
 親友が、処刑された日だったのだ。