それが「善徳女王」の面白いところで、やっかいなところになるのかと。
ドラマや映画の感想は観た人の数だけ千差万別に分かれながらも、脚本の解釈はほぼほぼ同じになると思います。
でも脚本の解釈が恐ろしいほど、いろんなベクトルで分かれます。
善と悪だけじゃなくて、善のようで悪に見える役や、悪のようで善に見える役がいて、状況が変わっていくからですね。
トンマンを主軸に見る、ピダムを主軸に見る、ユシンやチュンチュ、ミシルを主軸に置き換えると、まったく違う解釈になってしまうという。
万華鏡のように、廻すたびに模様が変わる、印象が変化するドラマです。
私の場合は、最終回までピダム堕ちしていないため、トンマンの目線でドラマを観た印象が強く、二回目にピダムファンになって観たら感想がかなり変わりました。
チュンチュも好きになってから見たらさらに変化が。
BL二次を始めたら、もっと感想が変わりました。もうBL二次しかできないw
二次創作は正直で、どんな風にドラマを解釈したのかが丸見えです。
実は感想文は、文章故に他の方の感想のふりをできますw短いほどに誤魔化せますw
二次小説や絵、画像加工になるほどに、誰のファンでドラマを見たのかが丸見えに。
いくらトンマンファンだと言っても、私のほうがトンマンファンじゃないのか?と思うような見解もちらほらw
二次創作のカップリングは自由で解釈も自由ですが、他人の二次創作を改竄するような真似は衰退しかないです。
そんな創作音痴は、二次創作を止めてください。(自ら二次創作できないから、真似ばかり)
他人の二次小説を真似て二次小説を書くとか、絵を真似て画像加工するとか。
真似した作品は、表現したいテーマと表現手法に、真似した故の支離滅裂な無理感がたっぷり出ます。
二次小説であれば、キャラが立っているから成立するような弱いエピソードを弱いキャラ設定に使ってみたり。
画像加工なら、このテーマにこの色の効果使う??そこからして酷い。意図を考えないで単に真似して使ってみたい感じw
どういうキャラ設定だから使えるエピソードなのか、どういうテーマで加工したいのか、考えるというよりも感受性とセンス(個性)かと。
ドラマの解釈が混迷になったのは、本作の持つ不思議な脚本にも要因があるのかもしれませんが。