どう違うのか、具体例。
「お迎えにきたピダム」というお題で、イラストを過去に描きましたが、二次創作するための設定で表情やポーズを構想しています。
あの世で再会した2人が口論から始まるようにAnother storyの出だしにしています。
物語はラブラブハッピーエンドにしたら、創作できなくなるからです。初期構想を練るために1ヶ月くらいかかりました。思いつきで描いたのではなくて、継続するための構想と構図を思考錯誤するために。
でも、同じ文言を使い、あの世で再会した二人は画像加工でラブラブハッピーエンドの感想妄想にされてしまいました。
これが、二次創作を邪魔ばかりするやり方です。
世間一般にはハッピーエンドになる解釈は、良い人に見えるのかもしれませんが、創作としては物語の展開を妨害する悪人です。
他人の創作のための解釈を、画像や画像加工で感想妄想に変えてばかりいるから、二次創作としての物語が構想できない悪環境。故に旧ブログは削除して大正解。
本作の画像で二次創作はできません。
あくまでも参考資料であり、他人のチョイスを真似して使ったら感受性が下がるから、これもタブー。
真似されたら、そのネタは捨てないと感受性が下がります。
創作が厳しいのは、感受性をいかに下げないで高められるかどうかだからかと。
他の方が思いつかない着眼点と展開が、創作の資質のある方になるので、共感できる内容は創作に向いていないありきたりな発想になります。
韓流の応援や支援は、画像や画像加工による情報や感想を共感して楽しむことですから、別な目線で癒されています。
感想や妄想は癒し効果がある本来は良い趣味なのに、それを二次創作と勘違いしていることが問題。
二次創作を感想妄想に変えるなんて、創作音痴と言われてもしょうがないかと。
小説が書けても、絵が描けても、感受性が低い方は混同し続けているから、カオス(笑)。