信頼できることは、行動だと思います。

どんなに言葉を使っても、行動による結果です。


二次創作ならば、作品です。



善に見える言葉を並べても、ネタ被りで創る人を減らしていれば、悪ですw

私のポリシーに共感しているような言葉を並べても、二次小説は真実を表します。

言葉は偽りが多く、真実は行動(作品)に出るのだと、ブログでも思いました。



ドラマ「ソンドク」では、新羅の発展がテーマになっています。



ミシルが悪と捉える理由です。

創作において、何が善で何が悪なのか、考えることが多いですw

ミシルのような悪は、歴史上に何度も登場します。

何度も衰退と崩壊、再生を繰り返していくしかないのかもw

衰退(不正)が何度も繰り返された場合は、崩壊しないと再生は困難です。



創作を真面目に捉えて、配慮できる方々が集えば、衰退することは無かったと思います。

衰退するのは不正、背徳、悪質なネタ被りが繰り返されるからです。

他人のネタに頼って、自ら考える力を失って、再生がさらに厳しい現実だけが残ったようなww



たとえ悪役ピダムが批判されようと、私の絵心のモチベーションが悪役ピダムの美なので、変わりません。

逆に言えば、悪役でない聖君のようなピダムでは絵心が萎えますw

好青年なピダムを受け入れることができない、根本的な理由です。

創作意欲とモチベーションが低下する内容を、薦めたり読ませることは、私の創作妨害なんですw


折り合いをつけて創作を止めるなんてことは、存在理由の否定になるので、縁を断ち切るしかありません。



創作する個性とは、他人の意見に振り回されない、自分の好きな世界観を独自に構築することだと思います。



趣向が合う方だけで楽しめばいいことですし、合わない方は交流しなければ平和だと思います。


悪質なネタ被りだけは、構築中の世界観に歪みが生じるので、認めませんv


真面目に個性に向き合って創る人にとって、本当に迷惑なことが、悪質なネタ被りです。


創る人が創りにくい状況を作るから、悪質なんですw



向いていないから、無意識に悪質な行為に出ることを、自覚できずに、繰り返します。


無理に再生しようとしても、根本的に理解できていないので、無理だと思いました。


絵心の無い心で、絵を描くような、無謀な行動の結果と現実を感じましたw



三年も前のことですが、良いお仕事というか、感想文でも画像加工でも、絵心を刺激した場合がありました。



誰かの真似ではない、オリジナリティと構成力が、刺激したのだと思いますv



画像加工は、私が見落としたピダムの表情が、情感豊かに美しく表現されたもので、素晴らしかったです。華美な装飾のない洗練されたセンスと、細やかな配慮の施された加工でした。



誰かの刺激を受けても、私が作品にするときは、脚本を参考にネタを探していますw