この言葉について、語り合ったことがあります。(ナム友じゃないリアルの知人ですw)
相手は、山を見ないで森ばかり見ているタイプでした。
私は真逆で、森も見るのですが・・・山を重要視するタイプらしいです。
山がなければ、森はできませんからw
森しかみないタイプは、家を建てることに例えると、家具や装飾にばかり夢中で、土台や柱の外装が無い感じなんです。
絵に例えれば、目や髪の毛ばかりに気合が入って、構図が無かったり、全体的なデッサンが歪んでいたりw
小説の構成というものは本当に大切なもので、これが無いと、テーマも何もあったもんじゃない感じでしょうか?
テーマはキャラ設定と構成ができないと、成り立たないと思いましたv
全体で表現することがテーマであり、骨幹だからです。
分業で何かをする場合は、それぞれの個性に合った役割分担が必要で、森を重視するタイプは貴重です。
しかし、創作というのは、個人がバランス良く、兼ね備えていなければなりません。
それが創作の才能だと思いました。
イラストネタ被りという行為も、目先の利益(いい人と思われたい)だけを追求して、後先を考えない、全体を把握できないタイプだと思いました。
私の好みじゃなくて読めない作品でも、テーマが一貫していて、それに合った内容のキャラ設定と構成ができる方は、創作の才能があると思いますv
※
私がトンマンやピダムのキャラ設定に拘るのは、キム脚本家のファンだからです。
自分勝手なキャラの性格設定の変更は、キム脚本家に喧嘩を売っているようなものです。
私を説得したい場合は、キム脚本家を超えるという、偉大なる山があるのですv
シノプシスに近いキャラ設定で、二次創作としてキャラが動いていたら、理解力と感受性・感性の高さを感じますが、そうでない場合は返答に困りますので、関わらないのが一番ですねv
悪役ピダムの批判や、ピダムに恋する乙女トンマンも、本作への不満しか感じないので、キム脚本家に喧嘩を売っていると思いました。そんな脚本批判のような感想妄想に、関わりたくないし、被りたくもありません。
脚本批判のような二次創作を私に読ませるのは、あまりにも感受性が低いですし、わびさびや情緒が理解できているとは思えません。
どんなにわかった風な意見を並べても、二次創作した作品は、本当に正直なんです。
作品が雄弁に、創った人がどういう感覚でものを見て、考えているのか、知能と思考の全てをさらけ出します。
ぐだぐだブログに書いているよりも、何よりも、恥ずかしいのが二次創作作品ですwww
ドラマのガイドブックでキム脚本家は「トンマンがユシンを好きで~・・・」と豪語しています。
ですよね~(笑)
女優さんが、何気に恋する乙女演技が上手いのか?ナムギルさんのピダムに恋した人が多いのか・・・ピダムのキャラは設定として好きですが、私は恋していないので、理解不能ですwww
あくまでも創作上のキャラとして、客観的に一番好きなのがピダムですv
ナムギルファンの私に、そうじゃない人のナムギルさんに対する意見は、暖簾に腕押しのような感じでしょうか(笑)