ラストピダムの死に様の、強烈な耽美性によりナムギルファンになったので、
さらに耽美の世界を究めようと、あらぬ方向へ向かっていますv


再チャレンジ中の「枯葉の寝床」ですが、

・・・冒頭から、やはり、つまづきました。


しかし、どうしてもこの耽美的キャラ設定とエピソードは好きなので、

克服すべく、模索していますw


先に解説を読むことにしました←

作者の修飾的表現の多さに苦言している作家がいたことを知って・・・。


状況が掴みにくい・・・。確かに、一度読んだだけではww


しかし、何度か読み返しているうちに、跳ね飛ばされるような「え?」という言葉使いもあり、

この著者は面白いです。


時おり、ハッとするような、絵が浮かぶ登場人物の行動に、動揺します。


完読したら、私の文章もちょっと耽美っぽくなるのかしら?とありえない不安もたまに頭を過ぎりw


問題の枯葉の寝床のシーンを先に読んだり←


やはり、問題のシーンは目が覚めるような衝撃です。


以前買った雑誌の耽美特集なども、再度見たり・・・。

その中にある「赤いろうそくと人魚」の紹介・・・幼い頃大好きだったお話です。
そういうお話が好きなんですねw


つまづく理由のもう一つに、ギランとレオのイチャイチャが、眠くなるみたいで・・・ww

これを克服すれば、めくるめく耽美なエピソードの連発なんだと、悶えながら読んでいます。



文章を書く人の美文調への拘りは、絵を描く上での拘りに似ている点がありまして、文章なのか、絵なのかの違いなんだと、自分に言い聞かせていますw





≪補足1≫

トンマンとピダムがイチャイチャしているだけの妄想に、耽美性は皆無です。
どんなに美文調を酷使しても、耽美的な内容にはなりません。


耽美的恋愛のエピソードは、ピダムが破滅的悪役設定の場合にだけ存在します。

トンマンとピダムを幸せに~な内容にはありませんし、ホームドラマな内容です。

歴史でも政治でも、極限の耽美でもない、所帯染みた@ホームなだけです。

そんな妄想に変換したり悪役批判をするから、どう書けば理解できるのかブログに書いています。


あくまでも死を覚悟して破滅へ向かうお話に、極限の耽美が存在します。


「枯葉の寝床」のメインの登場人物達は、偏狂で、世間の一般常識からすれば悪人です。
それが耽美であり、決して悪の表現を善悪で批判してはならない、耽美的恋愛至上の創作です。


絵や画像の場合は、ネットの規制が厳しく、文章表現のほうが多才な耽美的表現が可能で・・・複雑な気分です。


ハードな絡みは控えて、ソフトなBL絡みイラストの耽美的模索?



≪補足2≫

俗に耽美といわれるものには、日常の中の耽美的なものもありますが、ドラマ「ソンドク」のピダムの場合は、内面にある自らの死と隣り合わせの、極限の耽美で、デガダンスです。

脆く儚い野望を抱いても、偏狂故に自ら破滅の道を選ぶ、耽美芸術の美です。

トンマンとユシンは、外側くる外敵に泥の中に落とされても、何度でも自ら這い上がる熱血系で、耽美とは真逆です。


キャラ設定を普通にしてしまったら、本作の批判と否定になります。

演じた役者のビジュアルだけで判断すると、脚本を貶す結果になります。

小説という創作の資質としてどうなのか、考えてしまいます。


本作の世界観を参考にして、さらに極限の状況を作ることから、耽美的二次創作を考えたいのです。

そのためには、耽美的な悪の表現について学ぶ必要性があります。