チケットが高かったので、躊躇したが、マルタ・アルゲリッチを名古屋で見られる

機会の希少性を考えると、公演前一ヶ月半で、チケットぴあによると前から3列目が

空いているということの奇跡は金銭という価値観とは相いれるものではなかった。

 ホール全体が楽器であった。

ピアノという楽器が空間に音を放り投げると、それが立体となり、大きな具体的な

形を表しては消えた。

 時間は概念を失い、現実はその意味を倒錯した。

音が創る美しい立像だけがそこに存在した。

 あれからピアノばかりを聞いている。

美しいものはピアノ。

理路整然を超えて、無秩序を完成することを成し遂げたものが芸術なのだと思う。