福岡で生まれ育って高校2年で初めてのロックバンドを組みハードロックのコピーを文化祭で演奏した。

京都産業大学で軽音楽部でオリジナルもやるようになった。

就職したのは大阪本社の会社で、音楽とは無関係。

しばらくは学生時代の仲間と京都でバンド活動した。

 

そのバンドもなくなって、バンド浪人になる。

が、どこから聞きつけたのか、会社の先輩がジャズのスタンダードなんかをやりたいのでギターを弾いてくれ

とのこと。ジャズは門外漢だったが、結局このバンドがマリーアンドファナーズの前身となる。

先輩は、アルトサックスで、もうひとり、ソプラノサックスを吹く先輩と3人で始めた。

工場の空きスペースで練習ができるようになり、だんだんメンバーが増える。

 

ソプラノサックス氏はベースに転向する。

ドラマーが加入し、キーボードが入る、ボーカルが入る。

なぜかどこからともなく機材も集まってくる。

アンプ、ドラムセット、エレクトーン。

 

近隣からの苦情で真夏も窓を閉めた空調のない半倉庫で汗だくになりながら練習した。

やがて社内の行事に声がかかるようになる。

会社の食堂やら、ホテルを借り切っての大宴会など。

ジャズといってもそんな高尚なギターは弾けないワケで、いろいろとできることを工夫しながら

やってみると、それはそれでなかなか楽しい、良い経験をさせてもらった。

メンバーが入れ替わりながら、このバンドは5年続いた。

 

だんだんと会社側の扱いもよくなってきて、最後のほうは、バンドご一行様の席が設けられた。

揃いの衣装も提供された。

業界団体のイベントで、結構なギャラをいただいたこともあった。

 

つづく。