まさか、日本代表のレベルでも、暴力指導がまかりとおっていたとは。

この監督をただちに解任せず、訓告処分としたことに問題の本質がある。

 すなわち、暴力指導は、たいした問題ではない、との意思表示をしたわけである。

ならば、ハッキリと「勝つためには、手段は選ばない。」となぜ言わぬのか。そこに、競技団体という閉鎖社会と

世間とのギャップがある。学校もまた、閉鎖社会である。

 ドーピングと暴力指導は、同じ性質、同根である。どちらも不正である。

勝負が美しいもの、尊いものであるならば、そうであるように願う心があるならば、場当たりではダメである。

まず、一定期間の過去に暴力事例のある団体、個人の戦績を抹消する。そして、期間を決めて、この国の全ての

競技スポーツを禁止し、スポーツの本質を考えなおす冷却期間をもうけるのはどうだろうか。

 現状、この国のスポーツ界に存在する暴力を100とする。個別の事例をつぶしても、また、違うところで発生

するのみで、100は変わらぬままであろう。本気で0にしなければ、世界の恥さらしと成り果てはしないか。

次のオリンピックで、子供たちが無邪気に金メダルの数を数えていられるだろうか。

 それとも、スポーツは暴力と不可分なのだろうか。