たぶん、この本を知ったのは、7月、夏の高校野球のころ、新聞でだったと思う。

旧制小倉中学の福島一雄投手の話は、野球少年だった幼少のころより、幾度となく母から聞かされていた。

アンダースロー、打たせて取る頭脳ピッチング、甘いマスクで、母をはじめとする北九州の女子たちは、

「だいぶのぼせた」

のだそうである。

そんな福島投手の本が出たと、母にメールをしたのだった。母は80を過ぎてケイタイメールを習得し、

85歳の今も、電話よりメールの人である。

ネットで注文し、送ってあげた。母は、一晩で読んだ、面白かったという。

「作者の大羽武は、あんたも知っとるやろ。」

 父の弟の奥さんの弟。その人は、数年前に会っているし、話もした。この名前を忘れていたのだ。

びっくりした。こんな偶然があるんだなあ。

 お会いしたのは、親戚の葬式で、父とドイツ文学の話しで盛り上がっていた。ダンディなおじさまだった。

ロシア人の若くて綺麗な奥様同伴だったのもその印象を強くしている。

 作家ではなくて、学者さん。日本の医師向けに、医学用語の独日辞典を編纂されたりしている。

さて、この本、読んでみた。

 

 練習のこと、野球部のこと、試合経過、生活のこと、家族、環境、ほとんどが事実の積み重ね、記録で構成されている。

しかし、それで物語として成り立っている。感動した。

終戦後、ほんとうに何も無くなってしまったこの国で野球をするということがどれほど困難なことなのか。

他に娯楽などない地元の人たちにどのように期待され、どう応えたのか。

それは、もう、壮絶という言葉でしか表現できないのがもどかしいほどである。

しかし、福島投手を始め、ナインたちは、いたってさわやかである。加えて福島投手は、とても穏やかな性格だったようだ。

しかし、それは、その燃え上がるような闘志を胸の奥に納めていたからだそうである。

 

 あまり身体が強く無く、剛球は投げられないので、打たせて取る頭脳ピッチングとなったとのこと。

試合で投げた全ての配球を記憶していたといい、また、その全てを試合後に振り返って反省したのだそうだ。

悪かった球だけでなく、良かったところはなぜ良かったのかまでを追求したのだそうだ。

 また、打たせて取るというのは、バックの守備を信頼していなければできないこと。自身の持つ、連続18イニング

無失点の大記録についても、「自分ひとりのものではない」と決して浮かれることはなかった。

そして、彼らがすごいのは、学校の勉強もおろそかにしなかったこと。

ほとんどの選手が東京六大学に進学している。

 

 あとがきに、取材について書かれている。やはり、そうとうの手間がかかっている。NHKには、映像が残っていな

かったそうである。

実は、福島投手、81歳でご尊命でいらっしゃるそうだ。

 

 勝つことの難しさ、さらには、勝ち続けることの難しさ、そして、それゆえの尊さを知った。

素晴らしい読書体験だった。