山川鬱子と申します。
山川は平凡な生活を送りたいと思っているのですが、どうもそれを許してくれないのが鬱子なのです。
鬱子は、私のことなのですが、しかし、すこし距離をおいてみたほうが痛みが少ないのですこし、鬱子となづけてみました。
鬱子は、べつに生れたときから鬱子て名前だったわけではないのですが、(たしか)でもあんまり長いこと、不安とか恐怖とかに悩まされてきたもので、鬱々しながらなんとかかんとかいきてるわけでして、気がつくともう「鬱子」て名前しか思い浮かばないんですね。
最近、事務の仕事をはじめたのですが・・・たぶん仕事自体は難しいものではない・・・のですが、どうも複数の人と言葉を交わすってところが、最大の難題なのです。鬱子は弱い。そして、鬱子と共に生きている私、山川もそうとうきついのです。
なぜなら、鬱子はすぐに不安になる、怯える。それをなだめすかして、仕事をしますとすぐに気力なくなります。仕事が終わることには、山川はもうバテバテなのです。
そこに、鬱子が暴れだすわけです。
鬱子の最も信頼をよせているのが、山川の夫でして、鬱子の神経が限界にくると「おとうさんーーー」と叫びだします。もう、こうなると、山川は鬱子にのっとられてる様なものでして。とても消耗します。車を運転している山川は、鬱子の叫びを聞きながらぐったたりとして帰宅しましたよ。
まったく、鬱子が私は嫌いです。この上なく。いつかは、いなくなるて思ってました。でももう、付き合い何年になる?いつから一緒になったのかすらわからないんですよ。
ただね・・・生れたときから鬱子は鬱子だったわけじゃないってのは、分かるんです。
こう、鬱子との付き合いがながくなってくると、もう、山川のなかで鬱子は心臓。核なのかもしれんと思い始めるんです。
鬱子をてにかければ、そのときは私も死ぬわけですし。もう、しょうがないんですね。
鬱子と一緒にやってくしかないわけです。
鬱子は、私のインナーチャイルドなんですからね。
鬱子がこの上なく嫌いだ。時々憎い。そして辛い。でもなぁ。鬱子の人生見てきたから生きてるだけですごいよと思うよ。調子のいいときなんかは愛おしいなと思ったりもするけどね。
山川が山川鬱子として名乗ろうと決めたのも、鬱子を心の闇の中に閉じ込めておくのがもう苦しくなったから。鬱なもんは鬱なんだから。ちょっと光をあててみたくなったのです。
