今日は父の命日です。

三年前に父を亡くし月日の経つのが速いなと改めて感じます。


お年寄りの孤独死を良く耳にしますが、まさか自分の父を孤独死させるとは思いもしませんでしたしょぼん

三年前の7月9日仕事も終わり帰宅しようとした時に妻から携帯に連絡が有り、留守にしていた自宅へ何回も警察から連絡入っていて連絡したら父が亡くなったと知らされたという事でした。

突然の事で一瞬頭の中が真っ白になりましたえっ

急いで連絡の有った船橋東警察署へ向かい父と対面したのは警察署の遺体安置室でした。

冷たいステンレスのベットの上に白い布を被されており、現実を直ぐには受け入れられませんでした・・・


生前、父は厳しい人でそれは他人にも自身にもでした。

私の妻の実家へお邪魔して私が帰り際トイレを借りた事に対して、よそ様のお宅にお邪魔してトイレなんぞを借りるんじゃない!と叱られたりもしました。

私が念願のマイホームを購入した際も、一緒に住もうと話もしましたが、

俺は、いくつになっても親だからお嫁さんに迷惑は掛けたくないし、みっともない所も見せる訳にはいかないと拒まれました。

仕方なく一人暮らしをさせていましたが、今思えば無理にでも連れて来るべきだったのではないかと悔やまれます。

父が亡くなる時、苦しまなかったのか!?一人で淋しくなかったのか!?

考えればキリがない程、後悔しますしょぼん

警察も事件性が無いという事で、とても事務的で頭にくることも有りましたが、こいつらにこれ以上司法解剖などをして父に触れてもらいたく無かったので、死因は警察の指定した病院に委ねる事にしました。

ですから、今でも本当の原因が解りません。死亡推定日時もいい加減なもので本当は7月7日だったのだと思います。

何故なら、父は必ずカレンダーの日付を翌日に消す人でした。

父の使っていたカレンダーは7月6日で日付を消すのが終わっていたからです。


7月7日はロマンチックな日で有りますが、私の7月7日は父が旅立って行った日でもあり、また新たな自分の人生の出発の日でも有ります。

あの日から天国の父に見られても恥じない生き方をして頑張ろうと決めやってきました。そして毎年七夕の日に一年を振り返り自分は、どうであったか考える機会にしています。

今となれば、父に怒られていた頃や一緒にお酒を飲んだこと、とても懐かしく大切な記憶となっています。

私のこのブログを最後まで読んで下さった皆さん、親がいるうちに親孝行を出来るだけしてあげてくださいねニコニコ