良い事を言ってらした
誰かを「信じている」という時、その人自身を信じているのではなく、自分が理想とするその人の人物像に期待してしまっているというように感じて。だからこそ、人は「期待していたのに」とか「裏切られた」とかいうけれど、別にそれはその人が裏切ったというのではなく、その人の(今まで)見えなかった部分が見えたということ。その見えなかった部分が見えた時に「それもその人なんだ」と受け止められる揺るがない自分がいるということが信じるってことなのかな。でも揺るがない自分を持つことは難しいじゃないですか。だからこそ、人は「信じる」と口に出して理想の人物像にすがりたいんじゃないかなと思いました。
そう
ほとんどの場合
自分の気にいるように相手のことを勝手に美化してみたり、自分の思い通りに良いようにイメージを作っているだけで、ただそれだけなのに、そのイメージに合わないことをされると、裏切られた!なんて大騒ぎする
今の大人って
そう言う人が多いのかもしれません。
人を信じると言う事と
人を信頼すると言うことは
微妙に違います。
心が温かくなるような人と
生涯一緒に暮らそうと思ったら
自分の心が温かくないといけません。
揺るがない自分がいる事
なかなか難しい
揺るがない自分を育てること
これがまた
難しい