音楽の種まき

 

鹿児島市 ピアノ教室 音楽の種まき   中島千穂です

 

 

 

 

rinfz(リンフォルツァンド)という記号がベートーヴェンのピアノソナタに登場したのは、後期のピアノソナタ30番。

初期、中期の作品はrinforzandoという文字で書かれていました。

実は、文字か記号か!の表記の違いだけで演奏に大きく影響してしまうのです。

 

では、なぜ後期になってから記号になったのでしょうか。

 

 

rinforzandoって何?sforzandoとの違い

ピアノの進化とともに

 

 

rinforzandoって何?sforzandoとの違い

rinforzato、rinforzando、どちらもイタリア語で、補強、強化されより強固に安定した状態になることを意味します。

ri-再びと言う意味。フォルツァート、スフォルツァートより強度が増した表現で、何かによって補強強化され、より強固にしっかりと安定した状態になることを意味している。

その音の前後またはフレーズ全体に作用し音質にアプローチ。

 

この言葉と似たような意味で、sforzandoと言う言葉があります。

 

sforzatondo  sf

無理やりに強い力を加えられたことによって、前の状態から変化したもの。負担をかける、また一生懸命頑張ろうとする気持ち強い意識的な行為。その音だけ音量にアプローチ。

sfの記号は、初期の作品にもたくさん出てきます。

 

rinforzartoという言葉はベートーヴェン以前の頃はまだ使われていない言葉でした。なぜなら、当時既存の楽器チェンバロやクラヴィコードなどが、rinforzandoを意図する音を出せなかったからです。

では、なぜ、rinforzatoと言う言葉をベートーヴェンが記譜するようになったのでしょうか。

 

 

ピアノの進化とともに

 

初めて記号として書かれたrinfzは、ピアノソナタ30番Prestissimoに登場します。このピアノソナタを作曲した1820年の使用楽器は、1818年1月、ロンドンのブロードウッド製のピアノ。この楽器は6オクターブ、73鍵。低音域に音域が広がった楽器で、右のダンパーペダルが2つに分割され、低音と高音と、音域ごとにダンパーを操作できました。また鍵盤の右端に取り付けた木片をスイッチのように切り替えると、ハンマーが打つ弦の数を明確に増減することができたので音量の幅が増しました。

さらに、打弦のメカニズムや構造も進化をとげ、ピアノの表現能力が格段に増したのです。

 

ピアノソナタ30番 

 

星印は直筆による(ヘンレ版)

 

 

ピアノソナタ21番 「ヴァルトシュタイン」

 

ピアノソナタ23番 2楽章「熱情」ですらrinforzandoの省略形。

 

 

 

中期を代表する「ヴァルトシュタイン」や「熱情」が作曲された頃のベートーヴェンのピアノは、1803年フランスのエラールから送られた楽器でした。エラールがパリで作った初の国産ピアノはイギリス楽器をモデルにしたスクエアピアノ。音域は、高音域を広げた5オクターブ半。68鍵。ウィーン式のピアノの軽やかなアクションに比べると、タッチが深くて重く、低音の充実した響きが特徴です。このタッチの重さにベートーヴェンは不満を抱き、友人のシュトライヒャーに重すぎる鍵盤をなんとかするようにお願いをしています。

 

 

エラールのピアノ

 

 

 

時代を取り巻く環境が激変する中で、それまでの音楽のあり方や表現の仕方を改革し、楽器の進化までもが格段に進んだ時代を生きた作曲家ベートーヴェン。

rinforzandoと文字で表す時、ベートーヴェンがその時代の楽器では表せない音質と、求めている音楽への憧れや希望を抱いているのに対し、記号に変わる頃のピアノは、音量も豊な表現幅も増した音質になっていたのです。

 

晩年rinfzと記譜した頃のベートーヴェンは、成功するためではない作品に精を出していました。

最後のピアノ、グラーフが提供したピアノは、ほとんど耳が聞こえなくなっていたベートーヴェンのために響きを増強してありましたが、

既にピアノソナタ32番は書き終えていました。

 

生誕250年のこの年に、ベートーヴェンの音楽が鳴り響かない事は寂しいことですが、今日もまた変革の時期を迎えようとしています。rinforzandoからベートーヴェンの作品に想いを馳せ、彼が音楽に求めた精神に、改めてベートーヴェンの偉大さを感じずにはおれません。

 

 

 

参考書籍:

「4コマピアノ音楽史」小倉貴久子 監修 工藤啓子著 駿高泰子4コマ漫画

「これで納得!よくわかる音楽用語の話」関孝弘/ラーゴ・マリアンジェラ著

「ベートーヴェンへの旅」木之下晃 堀内修 著

「ベートーヴェンを聞けば世界史がわかる」片山杜 著

「ニューグローヴ」世界音楽大辞典