つーパパ、和太鼓論のアーカイブスコーナーです。
続けることの意味。
続ける事というのは、どういうことだろうか。
『継続は力なり』という言葉がある。
続ける事に、どんな意味があるのだろう。
この言葉が、全ての事に通じる訳ではないと、私は考えている。
ただ、好きで太鼓の傍にいたい。
少し興味があるからやってみよう。
いろんな人が太鼓を叩いていてもいいと思うが、
太鼓の前を通り過ぎていく人たちにはそれぞれの人生があり、
人生を棒に振ってまで、やるべきものではないと思う。
太鼓を続ける事が、その人を苦しめるのであれば、
太鼓から離れた方が良い場合もある。
また、そういった時期もあっていいのだと思う。
今現在、文化やスポーツは、人の精神を豊かにする為のもので、
それを害してしまうと、意味を成さないのである。
好きなことを好きなだけやればいい。
でも、そのための努力は惜しまない。それが私の考え方です。
良く人の話で、功績をなした人を、『立派ねーー。』
という事を聞くが、それは違うと思う。
功績を残すことと、人格は無関係で、人柄が立派であるかは、
その人によるのだと思う。
だから、名誉や、権威で判断していると困ったことになってしまう。
太鼓でも、プロで3年もやれば、それはそれはすごい太鼓叩きになれるんですが、
その時点では、『いい』太鼓叩きではなく、『上手な』太鼓叩きなんです。
『いい』太鼓叩きは、伝え続ける事で初めて、『いい』太鼓が叩ける。
太鼓を離れていても、その人の経験と意志は太鼓の音に反映されていくのです。
その間に迷い、人とたくさん話し、太鼓と話し、
心が成長してこそ、音が出る。
何もしていない時期があっても、それは自分に必要な時間。
気付かない間に、次の出来事が近づいています。
だから、苦しいなら離れてみてもいい。
叩きたければ、近づいていけばいい。
点数化された世界より、ひとつひとつ伝えられる。
伝え続けられる。
『継続は力なり』
この言葉は、『物事を継続する』事ではなく、
『伝え続ける事は力である』と言っているのではないだろうか。
どれだけ『深く』伝えられたか。それが人の価値のように思える。
和太鼓教室おんがくの森代表・坂本新吾
メール ongakunomori1978@gmail.com
電話 08033760407