堂々と言うことではないけど、僕は基本的に無知な人間だし、世間知らずだと自覚しています。でも無知だから、映画を通じて知らなかったことを知ることができるのは、とても嬉しいし有り難い。そんな作品にいくつか巡り会った2025年でした。
そして、スカッとする面白さよりも、映画作品を通じて伝えたかったメッセージに共感できるかどうか、現代的な社会課題と通底しているかどうかを、重要視する傾向も年々強くなってきた気がしています。年齢や経験などによって、映画の見方も変わってくるものですね。文学作品もそうだけど、女性作家の作品についつい惹かれてしまうのだな、というのも新しい発見です。そして、どうやら芯の強い女性にシンパシーを感じるようです。
ちなみに大評判の「国宝」は力作だったし俳優さんも素晴らしかったけど、特別な思い入れは感じられませんでした。各映画のコメントは、鑑賞後にFilmarksに書き込んだレビューの、ほぼコピペです。今年は映画館での年間鑑賞本数80本が目標で、最終的には82本となりました。
●映画10選●
1「黒川の女たち」
Kurokawa no onna tachi(日本) 松原文枝監督
理想の国=満州国を掲げて農村部を中心に募られた満蒙開拓団。開拓とは名ばかりで、実際は大半が現地の農民から農地を奪っただけだった。太平洋戦争末期、ロシア軍の侵攻を受けて関東軍が南へ後退していくなか、満蒙開拓団には何も知らされず、人民の盾として置き去りにされた。迫り来るロシア軍、集団自決に追い込まれる開拓団もあるなか、黒川村の開拓団はロシア軍人への“接待”を受け入れることで命乞いをする。未婚の若い女性に強いられた“接待”は、性接待そのものだった…。
それだけでも凄まじい話なのですが、帰国後は過疎の村という狭いコミュニティのなかで女性たちは「汚れた女」のレッテルを貼られ、地元に居場所を失います。その一方で長い間箝口令が敷かれ、「なかったこと」にされてもきました。パンドラの箱をこじ開けたのは、接待に無理矢理駆り出された当事者の女性たち。顔を晒し、名前を晒して、満州での出来事を伝え始める、その屈強な精神力、女性たちの連帯。これらに突き動かされて黒川村満蒙開拓団の遺族団長を務める男性が、後世に歴史を伝えるための石碑づくりに奔走します。この男性の父は、かつて接待係として女たちを指名する役目を担っていたそう。
中国を侵略した加害者としての関東軍、ロシアの侵攻を受けて集団自決に追い込まれた隣村の被害者、女たちに接待を強いた加害者としての男たち、そして最大の被害者である女たち。オセロゲームのように加害者と被害者が突然入れ替わる戦争から80年、連帯する女たちと一部の男たちがオセロゲームに終止符を打つ…。なんという物語なのでしょう。
老いてなお、自分たちの体験を語り継ぐ老女の孫たちが、「お婆ちゃんを誇りに思う」と答えていたところに救われた気がしました。嗚咽が止まらない力強い作品に打ちのめされ、今年一番の衝撃でした。
性被害に関わる映画をとくに選んだわけではなかったのですが、18位に挙げた作品や「魂のきせき」も含め、考えさせられることが多い1年でした。
2「ANORA アノーラ」
ANORA(米国) ショーン・ベイカー監督
濃厚R指定の濡れ場シーンとパリピなシーンが、これでもかと繰り広げられる前半から一転、後半のサスペンスな展開に移るところが最大の見どころ。鼻っ柱の強いアニーは、どんな局面でも心が折れることなく、自分のプライドを徹底的に貫きます。そんなアニーの姿を横から静かに見つめる、謎の男。期待通りのラストシーンは美しかった。日本で鑑賞ができるアカデミー賞候補作品の中では圧倒的にイチオシでしたが、期待通り作品賞と主演女優賞を受賞したので嬉しい。
3「教皇選挙」
Conclave(米国・英国) エドワード・ベルガー監督
冒頭のスタッフクレジットから物語は始まっていたんですね。と、分かったのは全部見終えてから。薄暗い密室で繰り広げられる物語ながら、枢機卿たちの人間くさいドロドロとした陰謀が渦めくなかで、次々と局面が変わり、枢機卿には選ばれることのない女性(修道女)の告発と“見えない神の意志”で、最後にあっと驚く結末を迎えるという、見事なストーリー展開と着地に唸りました。教皇候補に挙げられた人物たちの思想的背景など、今の世界情勢を見事に反映させていたところも興味深かったですね。僕は「アノーラ」推しでしたが、こちらがオスカーでも納得でした。未見の方は事前知識ナシで見ることをお薦めします。
4「ワン・バトル・アフター・アナザー」
One Battle After Another(米国) ポール・トーマス・アンダーソン監督
かつて革命家としてならした主人公(レオナルド・ディカプリオ)の、どこか頼りなげなところ、革命家の母の血筋を濃厚に引き継いだであろう娘(チェイス・インフィニティ)のタフネスなところ、どこまでも追い詰める軍人(ショーン・ペン)の徹底した非情ぶりなど、各々のキャラクターが際立っていて面白い。
藤原帰一さんの解説によると、原作はベトナム戦争時代とレーガン政権時代の対比で書かれており、映画ではこれをイラク戦争時代とトランプ政権時代の対比に置き換えているとのこと。歴史が繰り返されるなか、ルサンチマンの炎は時代の移ろいを経ても種火が消えることはなく、機を見て燃え上がる。
個人的には最後のカーチェイスシーンに息を呑みました。そして軍人の最後にはニヤリ。たっぷり楽しめるエンタメ作だと思いました。
5「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」
La habitacion de al lado/The Room Next Door(スペイン) ペドロ・アルモドバル監督
地球の壊滅や極右翼の台頭を悲観しながら死を待つのか、死期が迫りつつあるなかでも小鳥のさえずりや頬を撫でる風、全てを白く染めていく雪の美しさに感動を覚えつつ、自分らしさを大切にしながら命を全うするのか。これは生き方、つまり死に方も含めた生き方を問う作品だと感じました。
この作品の中で徹底されているのは、個人の意思をどこまでも尊重するということ。それは自死を選んだ戦場ジャーナリストのマーサ、マーサをサポートする売れっ子作家のイングリッド、双方に通底しています。このことは、ペドロ・アルモドバル監督が貫きたかったメッセージでもあると感じます。そしてマーサを演じたティルダ・スウィントンの存在感に終始圧倒される作品でもありました。
安楽死、尊厳死を取り上げた作品には、いつも胸を激しく揺さぶられますが、一つだけ難を挙げるとすれば、冒頭でやや説明セリフが多いことと、劇伴や少し過剰なこと。あとは満点に近いですね。
すでにFilmarksに投稿されたレビューの中に、主人公たちの豪奢な暮らしぶりに違和感を覚えたコメントが見られるのは少し残念です。濡れ手に粟で財を成した二人ではないんですけどねえ。
6「ルノワール」
Renoir(日本) 早川千絵監督
11才の少女、フキの現実と空想がない交ぜになった物語。春に青々と茂る若葉の新芽を感じさせる映画。大好きな作品でした。
楽しくて悲しくてドキドキする、あの時代ならではの感情が一気に噴き出したようなフキの日常を見ていると、記憶細胞の中で化石化していた感受性の遺物が掘り出されるような感覚で、懐かしさを覚えました。
自由奔放でどこか危なっかしいフキを演じた鈴木唯のただならぬ才能もさることながら、石田ひかりの名演にも感服。繊細なカメラワークや印象的なカットを生み出した早川千絵監督の底知れぬ才能にも改めて希望を感じます。絶望の淵で身動きができずにいる元人妻(河合優実)の存在も効いていますね。
小生も中学時代、しばらくルノワールの「少女イレーヌ」に惹かれて部屋に飾り、イレーヌを題材に詩を書いていた時期があります。その理由は半世紀後に読み解けるんだよ、と言ってやりたい。
ちなみに、起承転結の分かりやすい物語を映画に期待する人にはお薦めしません。
7「KIDDO キドー」
KIDDO(オランダ) ザラ・ドヴィンガー監督
珍しいオランダ映画(台詞は英語が多い)。欠陥だらけの自称・ハリウッドスターの母親と、そんなシングルマザーを持つが故に児童養護施設に保護されていた娘のロードムービー。誘拐同然に娘を連れ出し、ポンコツのアメ車をぶっ飛ばす破天荒な母親の言動に、娘は戸惑いつつも徐々に心を寄せていくのですが…。
携帯電話が登場しなければ1960年代か1970年代の映画とも思えるようなフィルムライクな画質、そして劇伴はダスティ・スプリングフィールドに代表される1960年代末期のウォール・オブ・サウンド、互いを「ボニーとクライド」と呼び合うところなどは、どこかアメリカンニューシネマの色彩を帯びています。
人生は0か100だと言い切り祖母が隠し持つ財産を狙いに行く母親、100点でなくても良いから母親のいる我が家のやすらぎを求める娘。その結末は必ずしもハッピーエンドではないのだけど、ほろ苦くもありながら、どこかクスッと笑える、憎みきれない2人のキャラクターがとても素敵。そしてキメキメの構図(とくにクルマの上に座ったカット)を切り取る監督の手腕も光ります。
トークショーによると、映画の字幕翻訳を手がけるクリエイター達が結集した配給会社が、惚れ込んで買い付けたとのこと。一言でいえば「愛くるしい映画」。このテイスト大好き。
8「愛はステロイド」
Love Lies Bleeding(米国・英国) ローズ・グラス監督
ぶっ飛んだ展開に面食らった部分はありますが、濃厚なクィア恋愛ストーリーの背景に、抑圧の歴史が重なり始めた後半から、俄然、物語の深みが増してきて面白くなってきました。そしてラスト近くの誇張表現には思わずニヤリ。リミッターを外したような演出の数々に終始圧倒された映画でした。
「スペンサー ダイアナの決意」でダイアナ妃を演じたクリステン・スチュワートらと女性監督がガッチリ組み合った熱量が凄かったですね。
事前情報を封印したまま映画館にて鑑賞。出だしの30分ほどは人物関係が分かりにくいかも。でも大丈夫ですよ。
ちなみに原題はLove Lies Bleeding(愛は血を流す)。
9「リー・ミラー 彼⼥の瞳が映す世界」
Lee(英国) エレン・クラス監督
映画「シビル・ウォー アメリカ最後の日」で主役を務めたカメラジャーナリストのモデルとなった実在の人物を描いた映画らしい、くらいの浅い事前知識で鑑賞。
流転を繰り返したリーの人生のスピードの速さに少々置いてけぼりを食らった冒頭部分、そして取材者の質問に答える回想という形で物語が進む手法は安易かもなあ、などと思いつつも、戦いの最前線や強制収容所の緊張感のあるシーンが続き、徐々に没入していった作品でした。終わってみれば、その構成の見事さ、全体の作り込み、熟成感などに感服。滅多に買わないパンフレットを迷わず購入、プロデューサーも務めた主演のケイト・ウインスレットのただならぬ熱量にも、また感服。
彼女が屋根裏部屋に膨大な写真を隠したのはどうしてなのでしょう。自らの人生をリセットしたかったのか。あるいは戦争の記憶が薄れたころに発掘されることを狙ったのか。いずれにしても数奇な人生の断片(10年間)を濃厚に描いた物語でした。
10「TATAMI」
TATAMI(ジョージア・米国) ガイ・ナッティヴ監督とザーラ・アミール監督
東京国際映画祭2023で鑑賞。政治的な対立が深いイランとイスラエル。この映画は柔道世界選手権に参加したイランチームのエース選手と監督を主人公にした作品です。見事な投げ技、絞め技で勝ち進んでいくイランのエース選手ですが、このままトーナメントが進むと、同じように勝ち進んでいるイスラエル選手との決勝になってしまう。そこで、これを回避しようと考えたイラン国の首脳たちが、あの手この手で、エース選手と監督に棄権を迫る(脅迫する)というお話。
真綿で首をジリジリと絞められるように、主人公2人に強大な圧力がかけられ、息詰まる展開がどんどんエスカレートしていくところが最大の見どころ。
実際にありそうなお話だなと思っていましたが、上映後のトークショーで、いくつかの実話をベースにしながら、出演者名を暗号化するなど徹底した秘密裏で撮影されたというお話がありました。そして、イラン出身とイスラエル出身の2人がタッグを組んだ作品は初めてではないか、とも。ようやく2025年に公開されました。
●その他お薦めしたい映画10本●
11「ふつうの子ども」
Futsuu no Kodomo(日本) 呉美保監督
正直、何が正解なのか分からなかった。でも、そこが良かったなとも思います。全ての好奇心や思考は、ダンゴムシの不思議のように、「分からなさ」が出発点だと思うからから。分かりやすいことよりも、分かりにくいことの方が、未来に開けてくる景色が広い。
それにしても会議室のシーンは圧巻で息を呑みました。そして、その場を一瞬にして制圧してしまう、瀧内公美扮する母親。ああいう人って、いるよね。子どもの可能性を根っ子から引っこ抜いてしまうような人。
関係ないかもしれないけど、子どもがいる社会って良いなと素直に思いました。それは、大人が封じ込めているモノをこじ開けてくれるから。主人公に相当する2人の子どもは、新人賞レベル。
12「入国審査」
Upon Entry(スペイン) アレハンドロ・ロハス監督
会話劇にもかからわず、緊張感を持続させた演出やお芝居が見事ですが、これはもう圧倒的に脚本の勝利。最後のセリフに、思わずニヤリ。まんまと、してやられました。
アメリカの移民政策の現在地が窺えるという点では社会性を帯びた作品といえるでしょうが、それよりも“審査”の対象となったテーマが興味深かったです。
13「敵」
Teki(日本) 吉田大八監督
年代ものの邸宅、それなりに蓄えた財産、平穏な日々の営み、元大学教授という誉、自分を慕ってくれる教え子、亡き妻との思い出、旧友と酒を酌み交わすひととき、今では絶版となったフランス文学の書物たち…。守り続けたい宝物を抱えた老人が、晩年に対峙する「敵」とは何か。
認知症を巡る物語、ではありますが、それだけではないですね。守るべきものが多い人間が抱える悲しい性も感じさせます。
自宅での一人暮らしが破綻を来したわが母の、自宅での最後の日々を想起させるような、胸の痛む作品でもありました。
役者さんたちが皆さん素敵。モノクロームの映像も美しい。
14「レイブンズ」
Ravens(日本) マーク・ギル監督
実在する写真家、深瀬昌久の生き様を、モデルを務めたパートナーの洋子を交えながら描いた作品。自らの心に巣くう、もう一人の自分=鴉(カラス)と対峙しながら、自分の存在理由を求めてシャッターを押し続けた人生ということかな。主人公の深瀬を演じた浅野忠信、洋子を演じた瀧内公美、そして深瀬の父親を演じた古舘寛治と、芝居の巧い役者でがっちり固めた、重みのある作品。それを軽やかなトーン(陰影とカラーリングと編集)で描いた監督の手腕も光ります。
とりたてて感動的なシーンがあるわけではないけど、登場人物それぞれの剥き出しの生々しさが感じられるところが味わいどころ。選曲も面白い。
15「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」
No Other Land(パレスチナ・ノルウェー) バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール、以上4者の共同監督
テレビ報道で頻繁に見かける、イスラエル軍による派手なミサイル爆撃も激しい銃撃戦も登場しませんが、丸腰で抗議するパレスチナ人の目の前で、彼らの住居や学校を重機でぶち壊し、日々の生活を支える発電機を奪い、生命線ともいえる井戸をコンクリートで埋めるイスラエル軍、これに乗じて村を乗っ取ろうと銃をつきつけてやってくる入植者たち…。簡素な武器で村を破壊していく様子から、侵略行為のむしろ原始的な生々しさを見せつけられました。インディアンたちも、こうして居住地を奪われていったのだろうな、などとも想像しました。
西洋諸国からやってきたジャーナリストから取材を受けたお母さん、これまでも幾度となく取材を受け、惨状を訴えてきたのに何も変わらなかった。今回の取材でも何ら事態は好転しないのではないか…。取材を受けるたびに落胆を深めたであろうお母さんの泣き伏す姿が、とても象徴的に思えました。
16「見はらし世代」
Brand New Landscape(日本) 団塚唯我監督
映画が始まってすぐに、空気感が違う作品であると察知して襟を正しました。緊張感のある長回し、カメラワークもオリジナリティがあって面白い。正直、見どころのポイントはすぐには掴めませんでしたが、最後まで飽きさせずにグイグイ引っ張る力のある作品だと感じました。劇伴も良いですね。
都市の再構築と家族の再構築を対比させた作品、とのこと。ホームレスの排除を伴うリアルで成り立つ都市再開発、ある種のファンタジーで成り立つ家族関係。あー、なるほど、そういう切り口だったか。斬新な視点。ともあれ、おそるべし27歳の才能。
17「夏の砂の上」
(日本) 玉田真也監督
豪雨禍で子供を失い、壊れてしまった夫婦関係。姪っ子とのぎこちない擬似親子。親しい者たちとの離別。乾き切った日常と恵みの雨。全ては夏の砂の上に降り注ぐ雨のように消えてしまう過去だけど、それ故に書き換えができていく人生。喪失の向こうに一筋の希望が顔を覗かせる物語でした。
芝居巧者が集まる中で、高石あかりが抜群に良かった。それだけでも観る価値ありです。
18「BLACK BOX DIARIES」
Black Box Diaries(米国・英国・日本) 伊藤詩織監督
伊藤詩織さんが性被害を受けてから、民事裁判で勝利を勝ち取るまでの日々を綴った記録。ようやく日本でも公開されたので拝見してきました。
先行して2017年に出版された『ブラックボックス』と合わせて、泣き寝入りをしない姿勢を貫きながら性加害者への告発を粘り強く行い、加害者である山口敬之の存在を世に知らしめた功績は大きいと思います。
これと同時に、僕がこの映画の最大の収穫だと思えたのは「捜査員A」の存在を明らかにした点です。初期に性被害の訴えに窓口対応した「捜査員A」。一見、協力的で優しいおじさんを装いますが、自ら伊藤さんをレストランに誘い出し、協力的な姿勢をほのめかしながらも、「(もし私が証言したら役人を解雇されるだろうから)、その時はあなたが養ってくれたら」と冗談めかして言いました。
当初は品の悪いおやじジョークかなと思えましたが、最後の電話の会話では再び「私と結婚してくれたら」などと発言。これって、あわよくば性犯罪者の山口敬之のおこぼれを戴こうという、中年おやじの魂胆そのものではないのか、と僕には思えます。
さらに妄想を逞しくすれば、そもそも「捜査員A」が捜査の最前線から外されたのは、例えば性被害を訴え出た女性を食い物にするかのような行動が問題視されたからではないのか、とも思えてきます。そんな想像が伊藤詩織さんの頭にもよぎったのか、最後の電話を切った後の重苦しい沈黙がそれを物語っていて、あの数秒の「間」は絶妙だと思いました。自分にスキがあったことに、彼女自身が気づいた瞬間だったのかもしれません。
「この映画は伊藤詩織さんの私日記に過ぎず、公共性などない」という批判もありますが、性加害の温床の根深さを想起させる「捜査員A」の存在を知らしめたのは、この映画の公共性を担保する重要なポイントだと僕には思えます。
「捜査員A」と対照的だったのは、ホテルのドアマンでした。名前を出してもらっても構わないから協力する、かねてから性被害の深刻さを憂慮していたと伊藤詩織さんに伝え、ようやく直接的な協力者を得た伊藤さんの顔が、みるみる紅潮して涙があふれ出してくる。あのシーンが最大のクライマックスだと思うし、僕もドアマンのような人間でありたいと強く思いました。
帰り際、映画を観た若い男性が「裁判で勝利したあとに、はしゃいでるのは良くない」などと喋っていたことも印象的です。僕も報道された当時は正直、同様の感想がよぎっていました。でも人の喜び方は様々だし、あれはあくまでも彼女のキャラクターでしょう。そして、喜びの向こうにどれだけの苦悩があったのかを想像しておきたい。はしゃいだからといって、過去に積み重なってきた苦悩が相殺されるわけでは到底ないのですから。
最後になりますが、この映画を批判する理由が僕には分かりません。音源もしくは映像を使用した人への使用許諾の問題が主だと踏まえていますが、許諾が必要だという根拠が僕には理解できない。例えばマイケル・ムーアの「ボウリング・フォー・コロンバイン」や「華氏911」で使用した映像や音源について、取材対象者の許諾が得られたのか? ここはエビデンス未確認ですが、許諾を得ているとは、僕には思えません。北欧で少女たちを狙ってインターネットで近づいてくる気持ち悪い男どもをおとり捜査で記録したドキュメンタリー映画(タイトル失念)も同様です。
信頼しているドキュメンタリー映画の先達者の中には、使用許諾は最低限のルールだと強調する人も多いわけですが、それは日本独特のガラパゴスなローカルルールではないのか、とも感じています。このあたりは僕の不勉強もあるかもしれませんが。
ともあれ、多くの方にご覧いただきたい作品でした。
19「DREAMS」
Drømmer/Dreams (Sex Love)(ノルウェー) ダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督
日本では初上映となるらしいダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督の特集上映「オスロ、3つの愛の風景」の1本として公開された作品。女性教師に魅せられ、夢心地の恋心が入道雲のようにむくむくと湧き上がった17歳の少女ヨハンネ。高まる胸の鼓動がビンビン伝わってくる前半から一転、初恋の体験を記した手記が出版されることになり、大きく局面が変わります。性体験を含む手記の内容を知って、女性教師に騙されたのではないかと疑惑を募らせる母親、孫娘の手記に触発されて、もう一度恋をしたいと嘱望する詩人の祖母。3世代の「夢」と「現実」が対照的に描かれていた点が面白く、祖母の階段のシーンがとりわけ印象的でした。
この監督の作品に興味をもち、他の2作、「SEX」「LOVE」も拝見。3作に共通するのは、ほぼ全ての人にとって身近な、夢、愛、セクシャリティというテーマについて、とてもオープンに意見を出し合う対話シーンが多用されていることでした。各々の異なる価値観を呈示しあい、納得はできなくとも理解はすること、互いの違いを認めるまではいかなくとも、頭ごなしに否定しないこと、そして感情的な攻撃や押し付けをしないという無言の約束事が徹底された対話で、あえて結論は出さず、観客自身の価値観とも無言で対話できるような仕掛けになっている点が巧妙だなと感じました。
「SEX」の中で、誰かの言葉を引用した台詞に、「人が少しずつ優しくなれば、世の中は平和になるはずだよね」といったフレーズが登場してきました。監督自身の考え方が反映されたであろう言葉でしたが、3作すべての通底していました。
20「ベイビーガール」
Babygirl(米国) ハリナ・ライン監督
僕は性的嗜好性に関する相性と受容を巡る物語、と受け止めました。永年連れ添った夫婦の間でも、自分だけがもっているアブノーマルな部分は、穏やかな関係を壊しかねないから互いに口に出しにくいもの。ジェンダー問題は近年になってオープンになりつつあるけれど、性的嗜好性は最後まで固く閉じられたパンドラの箱かもしれません。いろいろ言葉にしにくい部分はありますが、A24らしい挑戦的な作品だなと思いました。
そして、作品のテーマにも深く共感したであろうSky Ferreira(エンディングテーマを歌った女性歌手)の復活も祈願したいです。
●番外編●
年々、音楽アーティストのドキュメンタリー映画が増えてきましたね。映画館でライブ鑑賞をするという側面もあるので、ランキングからは除外しましたが、とくに眼福だった作品を2つ挙げておきます。
「レッド・ツェッペリン:ビカミング」
ツェッペリン結成当初の初期衝動が凝縮された作品。当時のほとばしるような熱量に終始圧倒されました。
「メイヴィス・ステイプルズ ゴスペル・ソウルの⼥王」
バラカンシネマフェスティバルで鑑賞。ゴスペルソウルの最前線を引っ張ってきたメイヴィスの人生ストーリーが愛おしくてたまらない。
●テレビドラマ部門●
年間優秀ドラマ賞
「虎に翼」
「あんぱん」
「愛の、がっこう。」
「ちょっとだけエスパー」
優秀俳優賞
中島歩(「あんぱん」「愛の、がっこう。」)
河合優実(「あんぱん」)
ラウール(「愛の、がっこう。」)



















