実は私は甲状腺がんに白血病患者です。
2021年6月から11月末までクリーンルームで過ごしました。骨髄移植はなしで抗がん剤治療のみです。
2021年5月下旬、右肘上にありえない大きい内出血ができました。ぶつけたわけでもなく、痛みもない…でも不気味な内出血でした。
当時、職場(有料老人ホームの看護師でした)の職員が新型コロナに罹患し、蔓延予防のために猫の手も借りたいくらい大変でした。
何人かから「その内出血…大丈夫ですか?やばくないですか!?」と言われましたが、長袖のカーディガン(薄いの)をはおり隠して仕事していました。
しかし、2021年5月31日喘息発作に狭心症発作をおこし、早退…かかりつけ医受診しました。
内出血も診てもらい、採血もしてもらいました。
翌日、朝一でかかりつけ医から電話…白血球四万、血小板四万、血液内科紹介になりました。
かかりつけ医との電話…
私「夏目雅子さんですか?(急性骨髄性白血病)」
かかりつけ医「池江璃花子さんです(急性リンパ性白血病)」…
嘘だと誰か言って!甲状腺がん10年、卒業してがん保険も解約しちゃったよ、第一私が死んだら氾文さん(夫です)はどうなるの!?二人目の奥さんまで死んだらかわいそう過ぎる…というか私がいなかったらご飯は?洗濯は?コーヒーだって入れられない…
はい、氾文さんは全盲なんです。
前の奥さんを亡くして、20年姑が同居して助けてくれたけれど、その姑ももういない…
その時、私は心不全起こしかけ、胸水もたまり、敗血症も起こしていました。
氾文さんの処遇と仕事の段取りもできないまま、入院を余儀なくされたのです。
「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。 神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。 むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」
これは聖書の中に書かれている言葉です。
これから「神は耐えられない試練は与えられない」とか「神は耐えることのできる人に試練を与える」とか使われますが、本来の意味は、紀元一世紀ナザレのイエスをメシアと信じるユダヤ人の数が増え、伝統的なユダヤ教徒から迫害されるようになりました。
中には迫害が厳しすぎてせっかくの信仰から離れる人もいました。
使徒パウロがコリント(現代のギリシアあたりにあった町)にある教会の信徒を励ますのに使った言葉です。
パウロ自身ひどい迫害の中にありました。
現代にも確かに適用できますが、使い方を間違えると大変です。
試練の中にある人が使う分にはよいと思います。
でも、試練の中にある人へ使わないで欲しいのです。
特に試練とは無縁の方々…あなたがたの健康や祝福を祈ります。
でもたとえ善意から、励ますつもりで試練の中にいる人に投げかけるこの言葉に傷つく人はあとをたちません。
神様も「違うんだけどなあ」と思ってらっしゃるんじゃないかしら?
安易な励ましはしないほうがましです。
次回は「ではどんな言葉が嬉しかったか」について書きます。


