【メモ書き】昨日の事や今週の予定ざっくり
今週の予定
昨日はNMB48の公演に行っていたへけてぃさんにnagareさんと共に呼び出され、アムザの向かいにあるゆかりの下にある居酒屋でグダグダしてました。
何故かテーマが応援するという事はどういう事かという話から入り、いつも通り脱線して、最終的には知り合いに電話しまくるプレイになるという。。。グダグダ感。
あれだな、途中でへきるの話が入るから駄目なんだわ。
でもそこすらまだ消化しきれてない事がそもそも駄目なんじゃないかなあと思ったりもします。
もうへきるヲタ全員死なねーかな・・・
じゃあ僕も;y=ー( ゚д゚)・∵. ターンだけどwwwww
とりあえずこのテーマは意外と単純で深いので次回、もっと面子を揃えてからという事ですね。
ただカリンヲタになりそこねた僕には、その資格はないから次回除外されそうです(笑)
まあアレです。
結局このせいで帰る気満々だったのに、またもや家に帰れませんでした(爆)
で、本題。
自分のメモ書きも兼ねて今週の予定をざっくり。
8/30(火) 今日こそ家に帰る
8/31(水) 特になんにもなし。仕事も定時で終わる・・・予定。
9/1(木) 昼休みに一駅分歩いて耳鼻科外来。
9/2(金) 昼休みに近くの内科で、アレルギー検査(カニ・エビ・ニンニク)の結果を((;゚Д゚)ガクガクブルブルしながら聞きに行く。
仕事が終わってから、体力と気力があれば、↓これに行く。
大阪ハロ☆プロナイト
http://helloprojectnight.blog37.fc2.com/blog-entry-138.html日時:2011年9月2日(日)20:00~26:00!
会場:日本橋R/H/B 06-6484-3901
住所:大阪府中央区日本橋1-8-16第2真幸ビル地下1
http://sound.jp/rhb/
一人だとそのまま家に帰るかもしれないので、行く人、行きたいなって人言ってもらえたら、場所の案内しますよん。
つか、いまさらなんですがハロプロの間に☆入れてたんですね(笑)
まあハロー!プロジェクトの曲が好きな人、終電まで適当にいるのもありかもしれませんね。
9/3(土) 早朝どっかで風呂浴びてから、nagareっちと合流して、福岡のBuono!紺。泊まります。
9/4(日) 大阪へ戻ってからのそのまま名古屋へ向かって娘。夜公演参加。
こんな予定です。
9月にはいると、週末は概ね現場にいる事になるんで、ちょっくら体を休めたいなあ・・・と思ったりします。
今日は休肝日にしたいですね。
バイバイ
結局おちつくところにおちつくのよね。。。
別に大した事ではないんですが、℃-uteの日のチケット、昼夜共に入手し終わりました。
ちょうどカリンちゃんがスマに加入するのかどうとかっていう時期と重なってて、気持ちが余り℃-uteの日のほうにいってなかったので、すっかりと忘れてしまってたのが本音です。
いや、一応覚えてて申し込みはしたんだけど、必死な感じじゃなかった。。。
ベリキュー合紺の追加も申し込みしわすれてたしなあwwww
まあ、そんな人にはチケなんて当選するわけもなく落選した次第で、まあもうえっかなあ・・・なんておもったりもしたんですが、これがまたあれよあれよという間に、昼余ってますよ、夜余ってますよと越えかけてくれる人がいて、あっさりと入手できてしまったわけで・・・。
きっとまだまだ℃-ute現場に残っていないといけない。。。という神のお告げなんだなと思ったりします。
まっおそらくカリンちゃんとは9/11が過ぎると当面会う機会もなさそうですし、無理せず℃-uteを見て生きたいなと思ったりします。
本音いうと、合紺より単独 紺がみたいんだけどね。
それもやる気が出ない理由・・・いや言い訳かもしれませんね(笑)
バイバイ
明日はTIF
バックダンサーはエッグから、金子・高木・田辺・工藤と今回もカリンちゃんは出ないけど、まあくどぅーは見たい。
まあすべては明日考えます。
バイバイ
【馬鹿な考え】放射能も電波のように測定できないものだろうか・・・
タイトルどおりです。
不謹慎に取る方もいるかもしれませんが、つい最近まで、ガイガーカウンターを買って福島原発の近くまでいって測定をしたいとマジで思ったりしてたんですよね。
ええ、もうカリンちゃんがスマイレージにはいらなかった腹いせで自暴自棄ですよ、こっちは(嘘)
…
いや、福島原発って全く沈静化してないと思ってるんですよ、まだ。
その割りには福島第一原発の5,6号機の再稼動の話も出てたりしてて・・・。
で、周辺に現状どれくらいの放射線量が出てるんだというのは、特に情報がない・・・
本来マスコミがしないといけない仕事なのにそれを放棄している。。。
じゃあ計りたい。
そんだけだったんですよね。
だけど、どうも、思っている以上に危険な感じがしてきたのと、そもそも車も運転しないのに、どうやって福島原発まで近づくんだと。
それと、9月からはベリキュー合同の舞台もあるんで、そんな時間をさいてる場合じゃないという、頭の悪い理由で断念しようと決心しました。
で話はタイトルに戻ります。
携帯電話は各携帯電話事業者の基地局と電波で通信する事によって通話がなりたってます。
そして各事業者さんは自分ところの会社の基地局から飛んでる電波を電波測定をしてるんですよね。
基地局が立つごとに電波の入り方が変わってくるので、それを調整しないといけないから。
その時広範囲の電波状況を調べる時は、車にPCをつんで、走れる道を走りまくってデータを取っていくって方法なんですが、これを放射能の測定にもつかえないんだろうかと思った次第。
ガイガーカウンターの仕組みがよくわからないんですが、なんか車の外側にアンテナのように放射能測定口みたいなのをとりつけれるようにして、車の中のPCに数メートル毎に緯度経度情報と計測データを取り込むとか。。。
じゃあ福島原発を中心にして、近づける範囲内一杯から数キロの範囲の実際の状況が結構詳細にわかるんじゃあ。。。とか。
僕が考えるくらいだから、既に誰か考えてるんだろうけど。
この測定方法だったら、被爆もそれなりに抑えられるだろうと思ったりしたので。
ただ、それでも誰もしたくはないよねw
それに取り込み口に放射性物質が堆積してしまう事態になったら計測にならんだろうし・・・
やはり無理か(笑)
やっぱり、日本政府が出してる情報を鵜呑みにしてしまうしかないんでしょうね。
・セシウムは福島県から出ません!
・セシウムが少し入ったくらいのほうが食物は美味しい!
・放射能は体に良い!
・日本人は放射能に強い民族だから大丈夫!
この辺覚えておけば大丈夫です、多分あと1年は生きれますよ。
バイバイ
P.S.ふと思ったんだけど、東北新幹線って、除染作業とかしなくていいのかな。
『今がいつかになる前に』のパンフレット
昨日家に帰って少し探し物をしていたら、ファイルの中から『今がいつかになる前に』のパンフレットが出てきた。
そういや見に行ったっけ。
結論だけ言うと、内容はつまらなかったという記憶しかなかった。この辺は僕が舞台の観劇初心者だからなのかも知れませんね。あと1回しかみてないからかも。
ただ、なぜか今でももう一度無性にみたくなる舞台だったりします。
それはきっと舞台上の宮本佳林と工藤遥の対照的な役の交差が印象的だったんだろうなと。
工藤遥の素の演技・・・というか演技になってないんだけど、素のままの発言がなんか良かった記憶があります。
ハo´ 。`ル<お父さんと同じ顔してる
この台詞だけで個人的には元が取れた記憶があります。
いや決してエロイところじゃなくて凄いシリアスな場面での台詞ですからあしからず。
片やカリンちゃんは、いじめっ子の役だったと思う。
でもそれは一人にされるのが怖い事から来る行動だったみたいな。。。
もう、10ヶ月も前の話になるんで忘れてますね。
でも、3億円少女の時の溌剌としたキャラとはかけ離れていたのは確かです。
あとエッグからはタケちゃん、さゆべえが出てましたが、このときのさゆべえは結構印象的でしたね。
何がって言われても困りますが、まあ雰囲気が。
あとJC&JSオーディション合格者の土方穂乃花ちゃんも出てました。
この子がグループの中でいじめられる役だったな、たしか。
そして仙石ちゃんも出てたなとか思いながら、すっかりどんな内容か忘れた劇のパンフを見たら、後ろにエッグの座談会のようなページがあって、これが凄く面白いのなんのって。
カリンちゃんは朝はテンション高いとか、タケちゃんがベットからおちてもおきないとか、まあ色々と。
これ買ったとき読んでなかったんですね。
いやあ馬鹿ですね、自分(笑)
なんか、色々と読み忘れているものがありそうだな。。。
そしてカリンちゃんとくどぅーの絡みが何かしらでみたいな。。。と思った一日でした。
本当この年代の子は、たった一日だけでも凄い成長を見せるから、目が離せないです。
バイバイ
追記:日記書いた後に『今がいつかになる前に』のストーリー的なものが要約されてるブログを発見。
http://plaza.rakuten.co.jp/konkonaibon/diary/201010300002/
これはわかりやすい。
いやーこれくらいの文章力は最低限欲しいよな、俺w
さもありなん。。。ですね。
史上最悪の事故を起こした福島第一原発は「廃炉」にするのが当然――世間では、そう思われている。しかし..........≪続きを読む≫
今までの東電さんの気質からいくとありえるでしょう。。。
安全であるなら使えるんでしょうが、果たして。。。
少なくとも今までの隠避体質のままだと、実際は問題なくても信用はできないですよね。
再稼動するにせよしないにせよ、よくよく監視しておかないといけない事だとおもったりします。
今 敏さんの一周忌と死に様について思った事。
今日はハロヲタ的には小川紗季が27日でスマイレージ&ハロー!プロジェクト脱退という大ニュースがあったわけですが、世間的には島田紳助即日引退のほうがインパクトあるんでしょうね。
個人的には浜崎りおが10月で引退すると言う話が彼女のおっぱい並に結構でかいんですがね(誤爆)
※小川紗季さんの事については先の日記に書いたりしたので、気が向けば読んで見て下さい。
http://ameblo.jp/oneway0401/entry-10996165328.html
という感じで、世間的な話題がいろんな人の引退にいってる中、今日は今敏さんの一周忌だったりします。
今敏って誰?って人いると思いますが、そんな人はいつもどおりWikipediaで調べてください(笑)
いや書きますよ、ざっくりと。
アニメの監督さんです。
実は恥ずかしながらこの人の作品は初監督作の『PERFECT BLUE』だけなんですが、しっかり舞台挨拶も見に行ってますよ。
ええ、主人公の声をあててた岩尾潤子を見たいが為でしたがw
風貌が笑い飯の西田さんをヲタっぽい感じにした人で、インパクトがありましたね(笑)
千奈美にこの『PERFECT BLUE』ですが、主人公はアイドルグループを辞めて女優に転身しようとした子(霧越未麻)で、ストーカーにおそわれるという役どころですw
このストーカーの描写がアレなんで、是非とも見て欲しいですね、この作品。
ヲタとして行き過ぎてる人は、自分のやってる行動に多少なり自制が出来る作品だと思います。
今日書きたいのは、もう亡くなられた時に話題にはなっていたのですが、今敏さんが亡くなった次の日にブログに上げられた最期の日記の事です。
自身が余命数ヶ月の命と宣告されてから、なくなる直前までの出来事や親しい人への感謝の念がつづられています。
両親に会った時の母親の言葉や遺していく妻への想い等は、感慨深いものがあります。
日記自体はかなりの長文となりますが、是非とも読んでみてください。
僕なんかが要約できるような文章ではないですから(僕の読解力がないからw)
尚、今敏さんは46歳でなくなられたのですが、46歳でなくなられた方は他に、プロレスラーの三沢光晴、歌手の村下孝蔵、プロレスのレフェリーのテッド・タナベ、江戸時代の尊王家の高山彦九郎等、僕の中では結構生き様等の印象が残っている人が多くて、自分の中での寿命の道しるべにしてたりしてます。
とりあえず何があっても46歳までは生きてやろう・・・
そんな気持ちで生きてたりします。
そして、彼らが亡くなった年齢になった時まで生きているなら、自分はその時何をしてるんだろうかっていうのを見つめ直してみたいと思ってます。
ともかく、毎年8月24日は今敏さんの最期の日記を読んで、気持ちを引き締めよう、そんな思いです。
個人的には大沢親分のように『死ぬのも男の仕事』といってみたいもんです。
まったくそんな根性はないですけどね(笑)
以下全文転載
<ソース元>
http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/565
2010年8月25日(水曜日)さようなら
忘れもしない今年の5月18日。
武蔵野赤十字病院、循環器科の医師から次のような宣告を受けた。
「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」
妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽な運命だった。
普段から心底思ってはいた。
「いつ死んでも仕方ない」
とはいえあまりに突然だった。確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2?3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、改善されることはなく、MRIやPET-CTなどの精密機器で検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。
気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。
頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。
「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」
しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。
病状は確実に進行する日々だった。一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。
だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、
「ちゃんと死ぬための用意」
にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。
その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。
もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。
後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書に最後のサインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。
「はぁ…やっと死ねる」
なにしろ、その二日前に救急で武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。
「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」
聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。
それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。ということで早速腹はきまった。
私は自宅で死にたい。
周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。
妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。
あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。
寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。
「死ぬってのも悪くないかもな」
理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。
ただ、一つだけどうしても気に入らない。
「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」
と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。
「やれやれ…カレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」
こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。
死の世界とシーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。
死ぬのもツライよ。
断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。
ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。
私が暮らしているあの家へ。少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。
自分と自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい。さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。
ところが。
肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。
ありゃ?
ある意味、こう思った。
「死にそびれたか(笑)」
その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。
不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。
妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師や看護師、ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。
エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。
そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。
実はガンのことはごくごく身の回りの人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。
インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。
家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画の世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメの世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。
それに、骨への転移への影響で下半身が麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。
病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏のわがままも理解してやっていただきたい。
だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。
顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。
みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。
自分の生きた世界を愛している。
そう思えることそのものが幸せだ。私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。
いま死について思うのはこういうこと。
「残念としかいいようがないな」
本当に。しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。
両親とマッドハウス丸山さんだ。
今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。
遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。
許しを乞いたいような気持ちだった。自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。
「すいません、こんな姿になってしまいました…」
丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。
感謝の気持ちでいっぱいになった。
怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟な表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。
勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。一番の心残りは映画「夢みる機械」のことだ。
映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。
何せ今 敏が原作、脚本、キャラクターと世界観設定、絵コンテ、音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。
もちろん、作画監督、美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。
スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。
けれど少しは理解もしてやって欲しい。
だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。
かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。
丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、
「大丈夫。なんとでもするから心配ない」
とのこと。
泣けた。
もう号泣。
これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。
今回も同じだ。私も進歩がない。
丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。
才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。
何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。
確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。
それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。
今 敏はアニメーション監督としても幸せ者でした。両親に告げるのは本当に切なかった。
本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。
「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」
突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。
一大決心をして親に会うことにした。
両親だって会いたがっていた。
しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。
私は本当に幸せだった。
ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。
私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。
寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。
「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」
何も言えなかった。両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。
顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。ありがとう、お父さん、お母さん。
二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。
数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。
幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。
本当にありがとうございました。親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。
特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。
最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。
あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。
でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。
「私、最後までちゃんと伴走するからね」
その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。
「私の妻はすごいぞ」
今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。
私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。
思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。
けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。
生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。
最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。
自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。
しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。
深く深く感謝いたしております。そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。
本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝の言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。
2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。
何から何まで、本当に世話になった。
で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。
そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。
心から頼む。さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。
世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。じゃ、お先に。
今 敏
小川紗季さんのスマイレージ脱退、本当に残念です
スマイレージの小川紗季さんが8月27日をもって、スマイレージを脱退されると今日発表がありました。
当然、おはガールも辞めます。
番組では転校するという設定ですが…。
正直残念です。
しゅごキャラエッグ!のメンバーから佐保明梨を追い出してといっても過言ではない状態で、小川紗季をいれてスマイレージを結成させたくらい、事務所的にも推していた子だと思いますし、これからもっと綺麗な子になるんだろうなあという矢先でしたからね。
今から思うと
・今年の4月頃からのブログ更新が減った
・先日の24時間TVのチャリティオークションで小川紗季だけ出品物がなかった
・生スマが先週で唐突に終了
・現メンがやたらに「4人のスマイレージ」というのを強調
などなど前触れみたいな事柄はあったんですよね。
ただ、ファンじゃないから気がつかなかったのか、僕が鈍感だったのか・・・。
そういえば、20日のスマイレージのCDイベントのMCの話題はレコード大賞の話だった。
憂佳がファンモンのファンで、FUNKY MONKEY BABYSがきた時に隠れた時に、イジワルそうに表に引っ張り出そうとしてる話だとか。
あと、新人賞に選ばれた時は泣いてないけど、楽屋に戻ってお母さんに電話したら、急に感動して泣き出した話とか。
これは考えすぎかもしれませんが、卒業公演が近づいてきた時によくやるMCの内容だなあ・・・と。
気分的にはもう既に卒業公演にむけてのツアーの最中なのかもしれませんね。
27日のCDリリイベで、彼女のスマイレージおよびハロー!プロジェクトとしての活動が最期となりますが、小川紗季さんにはあと3日間のスマイレージとしての活動をしっかり楽しんで欲しいと思います。
それとそれを見送る事になる和田彩花・前田憂佳・福田花音の三名はしっかりと小川を見送ってあげて欲しいと思います。
あと自分的には、何故スマイレージを増員したのか、何故5人選んだのか、そしてカリンちゃんが落選したのか、僕の中で色々と点在していたWhy?(なぜ)だった部分がつながって線になった感じです。
とはいっても、小川紗季さんが本当に辞める理由はおそらく闇の中でしょうが、どうせ辞めるという事になるのなら、出来ればもっと早めに脱退できれば、中学最期の夏休みを一般人として過ごせれたのになあ・・・と思ったりしました。
彼女にとっては4日間の夏休みになりそうですけど、目一杯楽しんで欲しいですね。
そして、新規に加入したサブメンバーには大いに飛躍して欲しいです。
特にタケちゃん、期待してますよ。
先日の24時間TVで、スマ&℃-uteメンバーが駐車場から舞台上に歩いて向かう所に偶然遭遇しましたけど、結構堂々とした面持ちで先頭歩いてましたし、かなりやる気がみなぎってたように感じました。
去って行く人も残る人も加わる人も、全てがまだまだ夢の途中なんだと思います。
それぞれの道で頑張って欲しいと心から願っております。
http://www.youtube.com/watch?v=eWkwIZQC2vE
《来生たかお - 夢の途中》
バイバイ
18日のハロプロTIME見ました。
なんだか先日の日記が狼のカリンスレに貼られていたみたいで、19日のアクセスが1300を超えるという意味不明な事が発生していて笑ってしまいました。
それでも『ぱすぽ カオデカ』でお馴染みの(oスvギ)君のブログには到底及ばないカウント数らしいですが(爆)
そんだけ皆さん、カリンちゃんの事が気になるという事で嬉しい次第です。
今後もこんな痛いブログですが、読んでくれる事を期待してます。
で、たまにはなんかご意見ください(笑)
で、ようやく18日のハロプロTIMEを見る事が出来ました。
やはりというか、発表の数日前には合格者全員に連絡および顔合わせとかしてたんですね。
でないと、発表と同時にHP上にもアー写を出す事出来ませんわな。
そうなると、やはり当日落選発表をしったカリンちゃんが少しかわいそうにも思ったりしました。
一瞬しか映ってませんが、つんく♂の後ろで今にも泣きそうになるのを我慢しながら拍手してるシーンを見てるとつД`)・゚・。・゚゚・*:.。..。.:*・゚
でも、18日のハロプロエッグ公演では、表面上はもうすっかりと立ち直った感じで、スマイレージのサブメンバーになった二人を祝福していたそうです。
いつまでも立ち止まってられませんしね。
とりあえず、次にカリンちゃんを見れるのは9月11日(日)のエッグ公演なんで、その日が来るのを楽しみにしています。
バイバイ。