ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹 -37ページ目

ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆


世の中というのは

どんどん良くなってゆくものだと感じます


だから起こってもいないこれからを悲観したり

普段からネガティブな感情を持つのは全く不要だと思います


何しろ悪い想念は実現しませんから



よく言われるように

この地球が学び舎であれば

校内で起こっていることと捉えれば

各クラスに生徒がいて

班長、学級委員長、

そして中央委員会のような生徒組織があり

先生、教頭先生、校長先生がいる


学校組織を地球組織に

どれがどれだかを確実に

当てはめることは難しいですが


仮にクラス対抗で問題があれば

先生同士が中に入る


横断するような大きな問題があれば

職員会議になる


はたまたその学校自体に

問題が起これば

地域の教育委員会が適切な指導する

さらに日本でいう文部科学省・・



変なことを言っているような感じですが


仮にどんなに教頭先生や校長先生が

逸脱した行為をしようとしても

生徒の成長に関わる問題ですから

必ず適切な指導があると思います



地球学校自体に問題があれば

それとなく諭すように

軌道修正が入るような気がします

末端の生徒には気づかれないように・・・

だって生徒がそれを望んでいないのですから



この地球学校が廃校になるということは

まず考えられません



もしそうなるときがきたら

それは人口が居なくなったとき

いる必要がなくなったとき


例えば・・・

人間がちゃんと成長したとき

またはもしかしたら違う学校(星)に

転校するとき・・・


なんとなくですが

そう思います



じゃあいつなの?

それは僕らが生きている間ではないと思います

もっともっとずっとずっと先のお話



地球で学んでいる人間が成長しないことには

地球学校だって

自ら廃校になりませんよ


基本は全員卒業ですから


最後はみんなで

感謝を込めて

泣くんじゃないかな

「ありがとうございました!」って



だから世の中は・・・

それがもし遠い遠い将来にあるのなら

その「全員卒業」に向けて

良くない方向に進むのではなく

とても良い方向に進むのだと


なんだかそう感じるのです
 なぜ読書をするのか?こういったお題をつけてしまうと、何年も回答に時間がかかりそうだが、簡単言えば、自分の為、それがつながって、日本の為になると私は思っています。そう、日本の為。だから今回は Very Nice Japan のカテゴリーに入れました。

 読んでいる本が楽しいと感じるとき、どういうわけかページを送るのにずいぶん時間がかかることがある。つまらないから進まないのではなく、面白いと思った箇所から空想が始まってしまうのだ。気がつけば違う別の本を手にしていたり他のことをしていたりする。全くまるでとり憑かれているような行為だ。引き締めなければ(笑。

 よく書評欄に、何時間で一気に読みましたなどと書かれる方もいらっしゃいますが、~速読自慢大会の公式ページじゃないのだからと言いたくなることもあるが・・・~ 『本当に面白くて所々長々と立ち止まる頁がありました!』とコメントするのもありだと最近気づいた次第。

そうイマジネーションが加速して方々へ飛んでゆくのである。毎回そんなすばらしい書物に出会えたことに感謝します。

そんな感覚を体験したのがこの本。

マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)/キャリー・マリス
¥798
Amazon.co.jp

 "Dancing Naked in the Mined Field" がもともとのタイトルですが、日本語タイトルはどちらかというとお行儀よく、一見子供も手にとって読めるような書籍に変身していそうだが、実は、内容はドラッグの話や、女性の話など、まだ小学生には読ませない方がいいような大人の笑いを引き出せる内容だ。そういう意味では、「破天荒な俺の赤裸々な、おっかなびっくり人生、語ります!」みたいなイメージが脳裏に浮かぶような邦題でも良かったのではないかと思うが、それで書店で手に取ってくれるかどうかは責任持ちませんけど。


 僕がこれだ!と直感した部分を最後に引用します。
『人間ができることと言えば、現在こうして生きていられることを幸運と感じ、地球上で生起している数限りない事象を前にして謙虚たること、そういった思いとともに缶ビールを空けることくらいである。リラックスしようではないか。地球上にいることをよしとしようではないか。最初は何事にも混乱があるだろう。でも、それゆえに何度も何度も学びなおす契機が訪れるのであり、自分にぴったりとした生き方を見つけられるようにもなるのである。』


ありがとう、マリス博士。


さっきの「忙しいくせに」の続きで・・・


じゃあ、

自分にできることしか頼まれごとや
試練はやって来ないって

あなた言うけれど・・・


『実際、ワタクシそういった頼まれごと
結局出来ませんでしたが・・・何か??』


なんてこと言われちゃいそうですが、

そういう場合は、


実はまだ完了していない

つまりやらなければいけない事、頼まれ事に対して
自分の作業が遂行・達成していないということ・・・かも


もしくは・・・


サインを見逃していた・・・可能性有り(笑


「あなた、あんなにサインちらつかせていたのに
ぜんぜん気づかなかったじゃないの!!」

な~んて背後の見えない誰かさんに言われそうな感じじゃないですかね


『あちゃ~サイン見逃していたか~~』


でもいいんですよ~それで・・・

出されているサインに気づく方法にうっすら気づいた訳ですから

うっすらでいいんですよ♪ うっすらで



現象に言いも悪いも世の中無いような気もしますが

なんだかんだいっても


良いように持って行かれている自分があるような気がしませんか?


失敗しても、あちゃ~!みたいな事があっても

結局は良い方向に導かれている

なんだかそんな気がします


なんだかとってもありがたいことですね♪


みなさん、おはようございます。

月曜日、快晴ですね!!



忙しいくせに

ブログ書いている


忙しいくせに

言われたことや頼まれたことがいまいち分からなくてポヤ~ンとしている
ポヤンスキー状態 ←なんですか?それ。


確かに、月曜午前中でやることバンバンなのですが、

こうやってブログをババッッと書いて調子アゲアゲにするのも

いいことだと思っています

試験で言うならば、まず簡単な問題は確実にクリアして弾み付ける

みたいな・・・


で、

本来やらなければならないことや

書き上げなければならないこと

作り上げなければいけないこと


そういったことって

やれやれと言われてもなかなか出来ない


この3次元ではやはり時間を見方にしなければいけないようですね


書きたくても、作りたくても、誰かに頼みたくても

まず放っておく

そうするうちにとてもタイミングよく情報がいろいろ入ってくる

お友達からだったり

書物、雑誌、インターネット、テレビ

はたまた電車の誰かさんの会話だったり・・・


そういった情報というかヒント、つまり「サイン」を見逃さなければ

いくら時間がなくても

サイン情報と言葉に説明できないふつふつぐつぐつしたパワーが出てくれば

ほぼ一気に書き上げられたり、成し遂げられたり

的確な人に頼めたりするらしいですね

どうやら・・・


人からの頼まれ事もそう

はじめはおいおい、なんだか自分に出来るのかなって思っていても

その状態を放っておくと

いろいろなところで頼まれ事の達成につながるヒント、サインが

落ちている落ちている(笑


ものづくりなんかは特にそうかも

どうやって造形したらいいか分からないことでも

すーぽん、すーぽんと

情報が入ってくる


これって本当に凄いとも思います

簡単にひと括りに言ってしまえば

自分のアンテナを拡げなさいということなのかな

だけど、そんな簡単に言い方じゃ

身に付かないような、理解しにくいような感じもするけど



まぁ、だから結局は

自分にやってくる頼まれ事は

達成、実現できる事しか

やって来ないのですね


だから頼まれごとは

あ~楽チン楽チン・・・???!

ってそういう慢心したこと言っていると

能力ギリギリの頼まれ事、お試し、試練が来ちゃいますぞ!!


そう、慢心せず謙虚に謙虚に・・・笑





ずいぶん前に

めずらしくDVDまで買ってしまった映画



こういう映画って

男の方が

憧れちゃうのかな