ライフログ | ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆

ライフログか。

ノマドにライフログ。

あ、単なる横文字をつなげただけだ(笑。


このぐるぐるノートもライフログじゃないけど、

2007年から始めて恥ずかしい内容もあるけど

自分の履歴だから包み隠さず残しています。


実家に帰れば、

多感な時代、デートで使ったお店のレシート、はたまた乗り物の切符(笑、
その他ラブレターまで、多分、納戸に残っているはず(笑

それもデータ化する必要あるのだろうか・・・




でも、一日で何をしたかを書き残すライフログ、

その効果は、日々の雑用をデータ化することにより、

将来定期的に起こりうる雑用をパソコンのソフトなどで

自動的にスケジューリング、リストアップしてくれるらしい。

日常、雑用で囲まれているので、

リストアップしてくれる内容をこなせばよいということで

余計なストレスが軽減され、本腰入れてやるべきことに時間と精神を投入できるらしい。


もちろん、これは先ほどテレビを観て得た情報なのだが。


で、そのライフログを重ねている人曰く、

昔の子供の時の出来事、教科書類、残している資料、そういったものを

毎日ずっと目にしているので懐かしいという感覚がなく、

データとして今では受け止めているらしい。


つまり、私に言わせれば、時間枠が無くなったということだ。


仮に、夢を叶えたければ、しょっちゅうそれに繋がるものを携帯すべきなのだろう。

もう、当たり前のように身近に置いておく、これにより夢が現実になるのだろうな。

懐かしさがなくなり、人間の行動、残したものをデータ化し、さらに活用する。


う~ん、過去とは、実は長く繋がった細いロープではなく、

もしかしたら、振り返ったところに奥深いものは無く、

左右に無限に広がるだけなのかもしれない。


なんだかライフログの特集番組を2、3分垣間みただけでそう深く私なりに感じた。


人間の感情には深さは有るけれど、

時間の感覚というのは、実は、一瞬であって、後ろはないのだろう。

有るとすれば、その背面直後に左右に経験した分だけの壁が広がっているだけ

なんかそんなかんじなのかもね。

あ~、頭の中がぐるぐるしているので、ぐるぐるした内容になってしまった・・・

こんなぐるぐるノート、いつも読んでくださりありがとうございます。


「今日は、アメブロのoneupの「ぐるぐるノート」読んだ。」・・・ライフログに入力


・・・って入力したという行動をライフログに入力・・・って入力したという行動をライフログに入力・・・って・・・