ライフログか。
ノマドにライフログ。
あ、単なる横文字をつなげただけだ(笑。
このぐるぐるノートもライフログじゃないけど、
2007年から始めて恥ずかしい内容もあるけど
自分の履歴だから包み隠さず残しています。
実家に帰れば、
多感な時代、デートで使ったお店のレシート、はたまた乗り物の切符(笑、
その他ラブレターまで、多分、納戸に残っているはず(笑
それもデータ化する必要あるのだろうか・・・
でも、一日で何をしたかを書き残すライフログ、
その効果は、日々の雑用をデータ化することにより、
将来定期的に起こりうる雑用をパソコンのソフトなどで
自動的にスケジューリング、リストアップしてくれるらしい。
日常、雑用で囲まれているので、
リストアップしてくれる内容をこなせばよいということで
余計なストレスが軽減され、本腰入れてやるべきことに時間と精神を投入できるらしい。
もちろん、これは先ほどテレビを観て得た情報なのだが。
で、そのライフログを重ねている人曰く、
昔の子供の時の出来事、教科書類、残している資料、そういったものを
毎日ずっと目にしているので懐かしいという感覚がなく、
データとして今では受け止めているらしい。
つまり、私に言わせれば、時間枠が無くなったということだ。
仮に、夢を叶えたければ、しょっちゅうそれに繋がるものを携帯すべきなのだろう。
もう、当たり前のように身近に置いておく、これにより夢が現実になるのだろうな。
懐かしさがなくなり、人間の行動、残したものをデータ化し、さらに活用する。
う~ん、過去とは、実は長く繋がった細いロープではなく、
もしかしたら、振り返ったところに奥深いものは無く、
左右に無限に広がるだけなのかもしれない。
なんだかライフログの特集番組を2、3分垣間みただけでそう深く私なりに感じた。
人間の感情には深さは有るけれど、
時間の感覚というのは、実は、一瞬であって、後ろはないのだろう。
有るとすれば、その背面直後に左右に経験した分だけの壁が広がっているだけ
なんかそんなかんじなのかもね。
あ~、頭の中がぐるぐるしているので、ぐるぐるした内容になってしまった・・・
こんなぐるぐるノート、いつも読んでくださりありがとうございます。
「今日は、アメブロのoneupの「ぐるぐるノート」読んだ。」・・・ライフログに入力
・・・って入力したという行動をライフログに入力・・・って入力したという行動をライフログに入力・・・って・・・