みんなで活動すれば変わるよ。 | ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆

最近、なんでもかんでも安ければ良いような感じがする。
高いものに手を出せないからというのはわかる。

直感使って、これは明らかに暴利を得ている商品だと思えば
買わなくてもいいけど。

例えば、300円で売っている雑貨が有れば、
その単価設定が適切であれば問題無いけど、
納入業者が切り詰めて納品した単価に
販売業者が300円で普通の利益を得る為に売っているのだったら、
これは問題だと思う。

初めから500円で販売して、納入業者にも適切な利益を分配した方がいい。

販売業者が500円じゃ売れないというのなら、そんな商品棚に並べるのやめちまえ。

みんな苦しい思いして300円で売るよりも、関わったいろんな人が
楽しんで仕事して500円で売った方がいいよ。

じゃあ200円高くなった分どうすりゃいいかって?

例えば、それが小中学生向け雑貨だったらさ、
200円分家でお手伝い(バイトは無理だろうけど)、
お駄賃もらえることをやればいいんだよ。
大人がやらせればいいんだよ、そういうのを。

家の前の落ち葉を掃くとか、
ゴミ出し、食器洗い、新聞持って来たり、
お父さんの靴磨き、なんだってあるよね。

お手伝いしたら1回10円。

そうやって200円溜めて、手持ちの300円と合算して買えばいいんじゃない。

そういう家庭内経済活動が最近すくないような気がする。
認識間違っていたらごめんだけど。

けど、売っているお店側も、家でお手伝いしてお駄賃もらって
お手伝いすること、手伝った分お小遣いを溜められること、
この当たり前だったであろう意識を前面に広告しても良いと思うんだよね。

この小さな経済活動が、もっともっと大きくなればいいんだよ。

お金が無いのなら買うな、
お金が無いから買わないのじゃなくて、
お金が足りないから、その分お手伝いしようという意識になればいいと思うんだけど。

大人じゃなくて、子供が。
これからの時代の子供が。
そうでなくても霊性高い子供は今の大人よりも分かっていると思うけど。


まあ、これはまた逸脱したアイデアだけどさ、

例えばその雑貨屋さんで、お客さんがあと20円分足りないとなる場合、
その20円分のお手伝いを雑貨屋さんがお客さんに頼めばいいんだよ。

例えば、商品が入っていたカートンを折りたたんで処分するのを手伝ったり、
陳列棚を整理整頓して、商品を見栄え良く並べ替えてあげる。
その作業を20円分、お客さんがお手伝い作業するんだよ。

なんでもかんでも売る側と買う側を区別することなく、
融合した形で商売すればいいんじゃないかな。

私は販売店を持っていないので、そういう環境は作れないけど、
きっと人間的にも、経済の循環という面でも、はたまた、そもそも論としての
お金の有り方ということについても言及できるようなものになると思うんだけど。


なんでもかんでも安くして、買いやすくしたんじゃ、人間磨かれないのかもよ。


今日は冬至だ、心入れ替えて頑張ろう。