試合は最後までわからないものである。
ネガティブなエネルギーをバネにして
夢や人生を勝ち取る
これもありだと思う。
ポジティブなエネルギーをさらにレバレッジ効かせて
夢や人生を勝ち取る
これもありだと思う。
例えば、短期的には、為替の動きも然りで、
ドル高に転換させるには、一度、直滑降のような極度の円高を目指す。
そしてリバウンドのように、ドル高へ跳躍する。
もっと、分かりやすい例で言えば、
ボールの動きもそうだろうな。
重力に従って、落ちるけれども
地面に着けば、必ず跳ね返ってくる。
まあ、その跳ね返りは徐々に弱まり最後は地を転がってしまう。
この跳ね返りを常に維持すること、つまりポジティブ思考を
維持することが実は困難さを伴うのか?
これぞポジティブ思考維持の醍醐味、困難さなのかもしれないが。
重力に反するような動きがポジティブと仮定すれば、
やはりテニスのラケットのように、
落ちないように、落ちないように、打ち上げていく必要がある。
そのラケットの運動と同じなのが、試練やチャンスというものなのだろう。
つまりはさ、
今、ここにある感情が
ポジティブであれ、ネガティブであれ、
成長のプロセスに過ぎないわけで、
その時点で人を判断するのは本当は難しいんだろうね。
まあ、その時点で出会うタイミングがある人には、
その時点で判断するしかないわけで、
出会ったときの波長で縁があったか無いかが決まる。
みんな成長過程だからしょうがないけど、
本当は、その人がネガティブかポジティブかなんて、
棺桶入るまでわからないものなのでしょうね。
相手のことを決めつけずに
見返りを期待せずに
自分は相手に何を手助けしてあげられるか
これだけで十分なのだろう。