昨日、日曜日は朝からずっと掃除していました。
今日は15日。
神棚のお榊を取り替えて、
気持ちを新たにしています。
もちろん、お仏壇のお花も取り替えて
仏様、ご先祖様にちゃんとご挨拶。
今月後半もちゃんと顔晴りますので
よろしくお願いします!
神道や仏道などあるでしょうが、
うちは神棚があってお仏壇がある家です(笑。
ただ、そういった道にのめり込んでいるわけではなく、
当初はもっとちゃんとやらなければ!なんて形式的なものを
欲求していたところもありますが、
今は、自分なりにできることをやって、
いつもそばにいてくださることを感じる・・・
なんとなくそんな関係でいるようなものです。
どこそこの神社だから、絶対そこに行って、いくらお布施して
定期的にちゃんとやってという儀式的なものも
生まれながらにして必要な方もいるでしょうが、
もし、本当に自分にそういった必要が迫られれば、
ちゃんとその神社に呼ばれるような仕組みや環境になるでしょうし、
お布施(笑)もしなければいけない状況ならば、
お金という形でちゃんと神社に納める環境にもなるでしょうし、
日々の生活のかなで、循環を目的とした行為がなされることでしょう。
お金はぐるぐると回らないといけませんからね。
私はなんとなく思うのですが、
どこにでも、神様と呼ばれる存在、ご先祖様、仏様と呼ばれる存在はいるし
見守ってくださっていると思います。
それが今の時代、別の次元の違う存在やら、宇宙人やらと
表現できるかもしれません。
でも本当に神様っているのかなって
子供の頃から何度も思ったことがありますが、
神社にお願いしにいったところで、そんなに簡単に願いが叶っては
自分の為にならないのだなと思ったりします。
神社に行って、お願いする場合、お願いは聞いてくれるでしょうが、
その人にとってふさわしい形で反映されると思っています。
だから、願っていたことと全然逆の場合になることもあるでしょうし、
ズバリのこともあるでしょうし。
とにかく、その人の成長にとってふさわしいことが起こるのでしょう。
最近よく神社ではお願いするもんじゃないよ、感謝するんだよって
ようやく神道だけに浸透してきたような・・・笑
そういう意味で宝くじが当たる人って、やはり試されていると思います。
大金を目の前にして、どのように使い循環させるか。
大きい波動が来て、それに耐えられるか?試されているのかなって思います。
先日、たまたまテレビをつけたらとても面白い番組がありました。
いわゆるビフォーアフター系の米国のテレビプログラムなのですが、
所有者のボロボロの車をアレンジしてとてもナイスな車に変身させるというものです。
少しヤラセか?なんて思うところもありますが、とにかく年季の入った車で
テイルランプが外れながら走っています。
今回の依頼主のところに車の修理改造チームがこっそりとお宅訪問すると、
オーマイガット!の連呼。
若くてチャーミングな女性だったのですが、驚きで声が出なくて泣き出して・・・
嬉しかったのでしょうね♪
そして、今まで古かったボロボロの車が、まるで別の車のように
スタイリッシュに変わって・・・
その女性、また、オーマイガッド!の連呼。
またまた泣き出して、おまけに車の修理改造チームの皆さんももらい泣き。
なんだか住宅のビフォーアフターのようなお涙頂戴シーンになっていました。
でも、その依頼主の若い女性、普段から祖母の面倒やら病院送り迎えやら
未婚のようで、とにかく家族の為だけに日々動いていたようでした。
車のシートがマッサージ付きシートになっているの気づき、声が出ず、
連奏CDプレイヤーが装備されているのを知って、こんなの初めてだ!と大喜び♪
どうやら家にもCDプレイヤーさえ無かったそうで・・・。
こうしてテレビを見ていると、
日々、慎ましく、ちゃんと生活している人には、
思いもかけないギフトが舞い降りてくるのでしょうね。
この女性へのギフトは今までのご褒美のような気がしました。
ちゃんとやっている人には、それなりのギフトがちゃんとあるのだと
改めて感じました。
また、テレビというのは、毎日ダラダラ見ていたり、全く見ないということよりも、
何気なくたまたま見るという行為が
実はとても必要な情報があるから、見てみなさい!
というサインなのかもしれませんね。
ここまで私のぐるぐるノート、駄文、お読みくださりありがとうございました。