日経新聞「私の航海図」、今回はエッセイストの麻生圭子さんだった。
僕らが学生時代、よく雑誌などでトレンドの最先端としてお見かけして以来ですが、掲載されている着物姿を拝見すると、さぞかし着物が似合う女性になるんだろうなと、当時予想したように着物がしっくり似合っている。予想が外れていなかったことがちょっぴりうれしかった。
今までの人生は「こんなはずじゃ」の連続だったそう。音楽を自分で表現したかったのに、作詞家になった。さらに一時難聴になりものを書くことが仕事になった。そういった挫折、変化を通じて「変化を楽しめるようになった」とのこと。
ここで感じたのが、自分の人生の目的はなにか、ということ。麻生さんは音楽で人生をと思ったところ、文筆家になった。これからまたどのような人生を歩まれるのかは分からないが、どうも進んでゆく道が間違っていそうなとき、順番が間違っていそうなとき、それを諭すような出来事が起こるのだなと感じた。自分では我が道を進んでいるのだ!と豪語していても、ある程度は人生の目的に沿った生き方に運命として動かされているのだな、と記事を読んで感じたものです。
過ちを犯してそれをバネに大きく成長するのも、挫折を味わうような出来事を経験して成長するのも、外的要因で思わぬ体験をするのもすべて人生の目的の為なのでしょう。順風満帆に進んでいたら傲慢も起こるし、目的も見失いがちになるでしょうし、成長しないのでしょうね、人間は。間違って進んでいる道を早く気づかせたりする為に出来事として起こしてくれているのには、とてもありがたいことです、なかなかその啓示に気づかないのが、これまた人間なのですけどね。