僕はこんな日記を書いていた~terminal | ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

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その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆

2007年の5月29日・・・

  ~僕はこんなブログを書いていた~




あっ、まだこのブログ終わらせる訳ではないです、念の為。



terminal :終着駅、終点などという意味ですが



人生のターミナルを自分で決める人が最近多いです

新聞でもよく記事になっているし。



そんなの駄目だよっ

常に瞬時に選択して生き抜いているんだよって

僕は言いたいけど・・・


本人はそんなのもう耳に入る余地ないだろうし



最近の公の方がターミネートしたというのも、

本当はいろいろあるんだろうけど、

周囲の執拗な圧力も一部あったんだろうと予想します。



最近、「キレる」という言葉が遍く認知されてしまっている為、

その行為の許容範囲が広くなっているような気がする。

別にこの言葉のせいではないけど・・・


キレる程度の表現は難しいけど、キレても戻れるのならいい。


ところが、人を非難したり、圧力かけたり、執拗な尋問、

仕事生命に燃えるが故に対称人物を攻撃したり

それが、1対1ではなく、寄って集って止めを刺したり・・・


人間様以外の動物は同じ種の動物同士が喧嘩したって

殺すまではしないって聞いたことある


ところが、


   人間様は、寸止めをやらない。



本当の喧嘩を知っている「男」であれば、

相手に対し、必ず逃げ道を作ってあげると思う


仕事上のディベートや交渉でもある程度逃げ道を作ってあげる



違うだろうか?



それすら忘れかけている人間様は

とにかく人間同士で寸止め以上のことをしている


動物、ペットが言葉をしゃべる能力、

というか、

人間が動物、ペットの言葉を理解できる能力があれば、

きっとバカにされていることを耳にするんだろうな。


動物、ペットに癒されるのではなく、

教えを請うべきことも当然あると今は思う。