なぜ人は生きるのであろうか・・・


それがしにも実感として何もわかっておらぬといえるのだが・・・


まず、自分は望んで生まれて来たと自覚している。
または、この親を選んで生まれてきた。

という自覚を持っている人がおられるかな?
ここを一度熟考されたし。

※過去生(世)を記憶しており、その記憶を話し、まさにその通り
だったとか、生まれかわる(母体に宿る)直前、この両親の子と
して生まれることを選択(または自覚)させられて生まれきた。

などという話もある。どうであろうか?

話は変わって

生きていく目標を見出せない、生きていくことに疑問を持ち、生
きている価値もないと思っている。

生まれてきた
なぜ生まれて来たのかのう・・・

父と母が、良い雰囲気になって(ならずとも)何したから・・・
などというのとは違いますぞ!

いや間違いではないのだが、げふんごふん

命は自分のものか
命は自分のものと思うのが普通だが、果して自分のもの?


自分は望まれて産まれてきた。


そう、そうなのである。
しかしながら、世の中には「望まれていなかった」ということを
感じさせられて、心を痛めている人もいるという現実がある。

この違いはどこで決定付けされたのであろうか・・・

自分で親を選択したにせよ、生まれ出ることを望んでいたにせよ。
自分がそういう痛みを受けねばならぬとはつゆ知らずだったので
あろうか。

おかしな話ではないか。

誰しも幸せを享受できる夫婦の間に生まれてきたいと思うのが当
然であろう。母体に宿る以前に、自分の意志で生まれ出でる決断
と両親選択の機会があるのならば。

よく聞くのは、産道を通る時の痛みで、前生の記憶を失う・・・
なんですかなそりゃですぞ。

仮に、幸せな暮らしの約束された夫婦のもとへ生まれ出でる抽選
に漏れて、致しかたなく・・・

また、魂のレベルに応じて生まれ出でる場所が決定される・・・

仮の話をしようと思うがどうも矛盾している。

それがしは、この様な矛盾を感じるので、魂の自己選択による転

生は否定するものである。

もう言ってしまっているので、もう一つ、生まれ変わり(転生)有
りと思っている。

そもそも肉体から、離れて魂が、独自に霊的活動を行っている。
そのような世界があるなどと信じてもいない。

では死後の魂はいづこへ?
これは何れかの時に・・・

話は戻って、

しかしながら、現に生きておるということは、どのような状況下
であっても、望まれて生まれてきたと言えるのではないか・・・
そう思うのである。

生まれ来ておるのだから


これは昔考えた事を移転掲載したものです。