たとえばぼくが死んだら
そっと忘れてほしい
淋しい時は僕の好きな
菜の花畑で泣いてくれ
この曲は、「僕たちの失敗」で有名になった森田童子さんの曲です。
「たとえば僕が死んだら」というタイトル自体にインパクトが強く、忘れられない曲です。
もし、今僕自身が死んだら悲しんでくれる人は居るのだろうか。
自分の嫁さんももしかしたら悲しまないんじゃないかなと思うくらい孤独感にさい悩まされている。
でも、きっと自分が勤めている会社の社長と僕の上司は泣いてくれるんじゃないかなぁと思っている。
あの二人には一生かけても返さなければいけない恩義を感じている。
だから今はまだ死ねない。まだ死なない。
この思いは、まだ二人に返さなければならないものがあるから。
正直、母親が亡くなった時点でもう僕の人生における役目は全て果たしたような気がした。
結婚して何を言っているんだ?と思われるかも知れないけど、嫁が僕に相談するよりも先に、僕に嘘をついて元彼に何度も逢っていたことを知った時点で終わっていたのかも知れない。
じゃあ何で結婚したのか?
それは、病気と闘う母親を心配させたくなかったからに過ぎなかったから。
病床に伏している母に別れるの別れないのって不安にさせたくなかった。
現実、結婚してから安心するかのように母は式の後2ヶ月でこの世を去った。
正直、死んでもいいや。
今の会社からも転職という形で逃げようとした。
そう思いながら、家のこと(まだ借金を相当抱えていること)、病気のこと。
全て話した。
これだけ話せば、いくら社長だって上司だって俺のこと見放すだろうと。。。
でも彼らは見放さなかった。
それどころか、どうやったら今の状況から脱出できるか真剣に考えてくれた。
正直嬉しい反面しんどかった。
ここまで考えてくれることの嬉しさとこの場所から逃れることは出来ない怖さ。
それでも、僕はこの二人の為に生きようと今は考えている。
でも、時折来る「死への誘惑」
自分にこんなものが来るとは思わなかった。
そんな誘惑が来るからこそ、まだ書かないでおこう。
自分にとっての「たとえば僕が死んだら」は。。。