野猿は危険です。
大分県別府市に猿で有名な「高崎山」という観光地が在る。
その高崎山に、中学校3年生の修学旅行で行った時の話である。
その前夜、宿泊施設となった旅館で私は、当時交際していた彼女に渡すべく、名前入りのキーホルダーを買った。
帰りのフェリーの船上で、ロマンティックにも彼女に手渡そうと思っていたのである。
このばかタレは、そんな貴重な商品を無造作に制服のポケットに押し込んだまま、高崎山に登る時にはすでに忘れていた。
「グループから離れて暮らしている孤独なお猿さんがいるので、そんなお猿さんを見掛けても、決して目を合わさないように気を付けて下さいね〜ぇ。野猿は危険で〜す。」
そんなバスガイドのお姉さんの注意も束の間、一匹の猿が私の足元にまとわりつき離れない。
余りの煩わしさに、私は猿に睨みを利かせた。
サルとの睨み合いに負けては、当時、フリョ〜と自負していた私が成り立たない。
他の者はというと、足を止めて笑い合っていたが、当事者の私は自分なりに必死だった。
フリョ〜であり、剣道部のシュショ〜であり、生徒会のフクカイチョ〜である私が、サル風情に負けられないのだ。
眉間に皺を寄せ、鼻をピクピクさせて身体を斜に構え、両手はズボンのポケットに。
不良の基本を忠実に守っていると、猿は急に動いた。
私といえば、両手をポケットに入れていた分、行動が一瞬遅れた。
「無念」と思う間もなく、猿は私のポケットから見えた包装紙をかっぱらって行く。
包装紙のなかには昨夜買ったキーホルダーが入っているのを思い出しキレた。
係員さんの制止も聞かず、立ち入り禁止場所もなんのその、、追いかける追いかける。
やっと追い詰めたと思えば猿は木の上に登った。
無性に腹は立つが、木に登る勇気もない。
もう大丈夫だろうと思ったかどうかは分からないが、猿は悠然と包装紙を破り、キーホルダーを出すが、食べ物ではないと分かったら、逆ギレ行為に出た。
キーキーと叫びながら、キーホルダーは投げる、木の枝を折っては投げて来る。
負けじとばかりに足元に転がっている手当たり次第の物を投げ返していると、背後からいきなり静止させられた。
誰かと思えば係員さんだ。
頭に湯気を立てながら、「ここは立ち入り禁止。グループからはぐれた野猿は危険だから。」と注意を促すが、そんな言葉を封じ込めるように、猿のターゲットは係員さんに移行した。
「イテェ〜。ほら凶暴だから、早く出なさい。イタ〜イ!」
猿のコントロールが良いのか、係員さんの運動神経が鈍いのか、猿の投げた木の枝は、見事に係員さんの身体にヒットする。
余りの面白さに笑ってしまった。
係員さんに連行され連れ戻される背後から、係員さんにモンキーキックをブチかました猿は「こっちへ来い」とばかりに私の制服を引っ張りつつ叫んでいたが、一応、人間の私は、帰路につくしかなかった。
係員さん、ごめんなさい。