私が通っていた小学校は、元気と明るさが取り柄というか、川筋気質の強い炭鉱地独特の濃い学校で、その校風を垣間見ることが出来たのが、年に一度開催される運動会であった。
通学路の両脇には、まるで祭りの如く屋台が立ち上げられ、多くの人出で賑わったものだった。
学校関係者とは全く関係のない見知らぬ人たちも沢山来ていたのだが、その人たちの目的と言えば、プログラム競技にある騎馬戦である。
4人一組で騎馬の完成となるのだが、ここだけでは、現在でも良く見られる光景かも知れない。
しかし、この小学校は筑豊でも荒れた気性を親に持つ子供が通う学校である。
殴る、蹴るは常識で、紅白に分かれ、決められた大将の騎馬から、大将を落馬させるか、時間内で落馬せずに生き残った数が多い方が勝利となる。これが、大人たちの賭博の対象となるのだ。
「紅白、どちらの大将が生き残るか。」「紅白、どちらの騎馬の生き残りが多いか。」2つの選択肢があり、大人たちはその賭けに夢中になり、子どもたちの怪我など眼中にはない。

私も4年生となり、6年生までの男子は有無も言わさずに、この騎馬戦に参加させられる訳であるが、私はこの騎馬戦に出るのが夢であった。
しかし、私の身長は全校生徒の中でも低く、1年生の方が高い児童が沢山いた。
因みに、1学年、一クラス30名程度で8クラス有ったので、全校生徒は大体1400人程度。そのなかで約400人を超える男子が紅白に分かれての勝負するのだから、今考えると大迫力の騎馬戦だったろうと思う。
私はどうしても身長も低く体重も重い訳でなく、分が悪いのは自分でも理解出来ていた。しかし、私にとっては憧れの華の初舞台である。
メンバーをどう組むか。
「私」と「タカギ」「よしや」の3バカは相談し、人の話も無視しゴリ押しで、同じ学園生で喧嘩っ早い「はしもと」を揃えて、私が騎馬の上に乗ることとなった。
本番当日。敵味方が分かるように左腕に紅白の紐を結び付け、上半身は裸、下は短パンでピストル音も高々と激戦に。
と、思いきや人選が悪かった。
勝負をと仕掛けるが、私たちの騎馬を見ると逃げ回り、折角のデビューも台無しである。
4人で嘆いていると目の端に、やたらと図体の大きい騎馬が飛び込んで来た。
「あの、大きい騎馬と勝負するばい!」私の指さす方向を見て、騎馬の3人は口を揃えて訴える。
「「ありゃ、6年生の大将ばい。殴られるちゅうもんじゃなか!止めとかんね。」
「何を言いよると?!何もせんで生き残るより良かばい。」
私は、人からダメだと言われると、なぜか反発する傾向が激しく、何よりも待ちに待った華の舞台である。
何もせずに終わらせたくなかったので、3人の騎馬たちを励ましつつ、姑息にも相手の背後から回り込んで、いきなり突き落とすと言う作戦に出た。相手大将の腕を・・と、思ったのであるが、何分にも非力な私だ。
相手大将から振り向きざまにパンチをモロに顔面に受けて口から流血した。
相手大将と言えば、私を見ると一瞬怯んだ。
何も私が怖かったのではない。私を含めた全員が学園生である。
何故か、「学園生とは喧嘩をしてはいけない。」と言う訳の分からない規則が、小学生なりに存在していたので、それを思ったのかも知れない。
私はあくまでも卑怯である。
その怯みを見るや否や、必殺ネコパンチを連打した。
その連打の一発が、運よく相手大将の顔面にヒットし、捨て身とばかりに組み付き、今度はバタバタ攻撃に転じた。
天は私を見捨ては置かず、総崩れの引き分けとなった。
自然、相手大将を倒したのだから、勝利は私たちのチームのものとなる可能性が高かった。
とにかく、私は嬉しかった。
嬉しくて鼻も高々、大きな拍手と笑い声のなか、ご丁寧にもグランドを一周して、京子ちゃんのいる応援席へ向かった。
みんなが喜んでくれている。
拍手もしてくれているし、京子ちゃんも笑ってくれている。
私は、有名人にでもなった気分で京子ちゃんに片手でVサインを送り、片手は大きく振り上げると、より一層、みんなの笑い声と共に拍手が起こる。
私は有頂天となっていたら、京子ちゃんは、私に指をさして何かを訴えているが、それも大きな歓声で分からない。
京子ちゃんは、今度は何やら象さんの真似をし始めた。全く、京子ちゃんは何をするか分からないので、私もそれを真似してみたら、今まで以上の大爆笑が舞い起こった。
私は言うなれば、トンピン(お調子者)である。
象さんの真似をして笑いを取っていると、京子ちゃんが、そばにやって来て一言。「ホタル?!パンツなかよ。」「え?!」と私自身の下半身を見ると、小さな棒がブラブラしていた、完全な裸体だ。
総崩れになった時に、ドサクサに紛れて誰かが私の短パンどころかパンツさえ脱がしていたのだ。
正に天国から地獄に突き落とされた私は小さくなり、整列場所に戻ると、気の毒そうな顔をした先生が短パンとパンツを手渡してくれた。
それ以後の競技の事は言うまでもない。徒競走などで、グランドを回る度に、妙な歓声が上がり、私はそのまま学園に帰りたくなったものだった。