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最低オトコからの卒業

バツ2、結婚3回目でやっと平穏な日々。
過去のダメ恋愛、ダメ結婚生活の記録。

こんにちは。

まなです。

私が離婚後初めて付き合った男には多額の借金があり、そして私にお金を貸してほしいと言ってたきたのです。

おバカな私は「私が何とかするから!」などと本気で言っていました。

もちろん、何とかするあてなどなく、しばらく悩んだ末消費者金融からお金を借りることにしました。

確か最初だったから少額だったと思うけど、彼は喜んでくれ、私もこの人にのために自分を捧げてる感覚(?)に酔っていました。


それから少しの間、その男と私は順調に行っているように見えたのだけど。


でもある日、確かドライブした帰りの車の中で、「元カノとヨリを戻したいから別れてほしい」と言われました。

突然のことで、何を言っているのかわからない……


よく聞けば、私と付き合っている間も元カノと連絡は取り合っていたらしく、元カノがヨリを戻したいと言って来たと。

で、自分もほんとは元カノのことが忘れられないから戻りたいといった内容でした。


頭お花畑でそいつのことしか見えない私はもちろん、別れたくないと泣きじゃくりましたが結局、相手の心はすでに元カノの所にいっちゃってたのでムリでした。

そして、私には男のためにした借金だけが残りました。

 

どーも。

まなです。

前回までのエピソードで何が言いたかったかというと、「私は大事にされない」と思って育つと自分を大事にできなくなるということ。

自分を大事に扱えないから、大切にされる恋愛や結婚が出来なくなるということです。


離婚をしてしばらくは、子供を育てるために必死で働きました。

あんなに母のことを嫌ってたけど、子供の面倒を見てもらうためにまた一緒に住むことにしました。

その時は自分自身も親になっていたので、母の気持ちも少しわかる気でいたのです。

けど。

そこからが本当のどん底の始まりでした。

離婚して2年くらいたった頃に、当時10歳年上の男と付き合うことになりました。

ビジネスホテルのフロントマンでした。

見た感じピシッとしていて、話しも面白く、大人の男性のイメージでした。

ですが付き合ってしばらくすると、その男にものすごい借金があることが判明。

しかもちょっと怖い人に保険証とか身分証とか、預かるとか言って取られてると。

ある時、そいつが私に言いました。

「お金を貸してほしい。」


もうね、今の私だったらね、はあ?

となるところなんだけど。

その頃の私は夫と別れて付き合った初めての人で頭お花畑になっていたので、

「うん、大丈夫。私が何とかするから♥️」

などとわけのわからないことを言っちゃってました(笑)

どーも。

まなです、こんにちは。


19歳の時に結婚した私は、20歳で長男を産み、23歳の時に次男を産みました。

長男を妊娠する前から、義父のセクハラ?(身体を触ってきたりキスをしようとしてきたり)が始まっていたけど、怖かったので気のせいだと思うようにしていました。

だけど長男を産んで、母乳をあげようとしたら必ず側にいたり、お風呂を覗こうとした時には気のせいではないと確信しました。

でもね、なぜか、私は被害者のはずなのに、なぜか自分が悪いような気がしていたんです。


それに、私が義父にされていることを言ったらこの家庭は崩壊する。
言っちゃダメだ。


と思ってました。


今だったら証拠写真撮って慰謝料がっぽり請求してやるけど( ゚∀゚)人(゚∀゚ )



まあ、そんなこんなしてるうちに


なんと義母が年下の彼氏を作って家出しちゃったんです!

その後はもう修羅場(*・∀・*)


結局義母は義父の元へは帰らず、義父は孤独な独り身になってしまいました(ざまぁ)

私はそのどさくさにまぎれて義父と離れてくらしたいと主張しました(それまでは同居でした。)

そしてやっと義父と別居することができたのです(それでもまだセクハラのことは言えませんでしたが。)

義母が出ていくまで家事などしたことがない義父だったので、洗濯と掃除だけはしてあげてほしいと夫に頼まれ、仕方なくそれだけは引き受けました。


ある時、義父の家の洗濯機に、義父のパンツが一枚だけ入っていたので、明日もう少し洗濯物がたまってから洗おうとそのままにしていたのですが、その日の夜夫に

「お前はそんなに親父のことが嫌か!」

と怒鳴られ、私の我慢の限界が来ました。

泣きながらこれまで義父にされたことを訴えたけれど、夫から返って来た言葉は

「親父がそんなことするはずがない」

だったのです。

こいつらサイテーだな、と思いました。

離婚はその後しばらく経ってからでしたが

もうその瞬間に、離婚するという予感はあったのだと思います。

そしてどんどん夫婦仲が壊れていき、2人めの息子が産まれてから半年で1回目の離婚をしました。

 

もうやっと

 

やっと自由になれた。

 

そう思っていました。

 

 

 

返信転送

こんにちわ。

 

まなです。

 

 

高校を出てから、寮生活をしながら働いていました。

 

その時、就職先で出会った先輩にとても可愛がってもらいました。

 

その人は当時50歳くらいの女性で、年頃の息子がいるとのこと。

 

ある時、その息子にあってみないかとお声がかかりました。

 

 

私はそれまで男性と付き合ったこともなく、気が進まなかったのですが

 

うまく断る理由も見つからなかったので

 

会うだけならとそのお誘いを承諾しました。

 

 

そして約束の日に先輩の家に行くと

 

優しそうな若い男性と、先輩のご主人がとても歓迎してくれ、

 

寮生活で寂しかった私は

 

久しぶりにたくさん笑い、楽しい時間を過ごしたのです。

 

 

その後、その先輩の息子と何度か二人で出かけるようになり、結婚してほしいと言われました。

 

 

正直、私は男性に全く免疫もなかったし、相手のことが好きかどうかもわからなかったけど

 

自分を必要としてくれたのが嬉しかったのと

 

何からかはわからないけどこれで救われるという気持ちになり、結婚の申し込みを受けることにしました。

 

 

まだ、19歳になったばかりの時でした。

 

 

 

 

どーも。

まなです。

私が母に引き取られたのは、中学2年の時でした。

これからやっとお母さんと暮らせると嬉しかったのを覚えています

ですがすぐにその気持ちはなくなりました。

母はすでに男の人と同棲しており、私はその男の人に邪魔者扱いされたからです。

狭いアパートで、母と母の彼氏と私の3人での生活で、私は物理的にも精神的にも自分の居場所がないと感じるようになっていきました。

何回か家出をしては連れ戻され、殴られました。

幼い頃も母にはよく殴られていましたが、それでも私はお母さんが好きでした。

けれど高校生になって殴られた時は、本気で「こいつ、死ねばいいのに!」
と思い、卒業して早く家を離れることしか頭にありませんでした。

私が高校を卒業するくらいから、離れて暮らしている弟が荒れだし、母はそのことで苦しむようになっていきましたが、私は
「自業自得。ざまあみろ。」
という気持ちで眺めていました。

そうしてなんとか高校生活を終え、実家から遠い、寮がある会社に就職することができました。

その時の私は、知らない土地に行く不安よりも、毒親から離れられるという嬉しさしかなかったように思います。