昨日まで温泉に行ってましたが、目的の一つは、この秋出版予定の初めての本の執筆のため。
家でも書けないことはないが、ちょとまとめて書きたかったので&「作家気取り」で(笑)
本の題名は『家で死にたい』
昨年5月に父を実家で看取った経験・ノウハウを、他の「家で死にたい」と思っている方、そのご家族にお伝えしたいと思ったのです。
まだ、校正入る前ですが、「はじめに」はこんな感じです。
今後、ブログでもときどき触れて行くつもりですので、よろしくお願いします(^.^)
はじめに
「いうことなし、ありがとう」
父が死を目前に私たちに言ってくれた言葉です。
この一言は、母に対する父からの最後で最大のプレゼントとなりました。
今、母は次第に生活のペースを取り戻し、時々父の思い出を嬉しそうに語ってくれます。
きっかけは、「病院は嫌だ、早く家に帰りたい」でした。
父(当時83歳)が、悪性リンパ腫(血液のガン)と診断されたのは2009年の1月半ばで、入院による抗がん剤治療が始まったのが1月末。
入院生活が2ヶ月を超えようとする頃から、父はしきりに「病院は嫌だ、早く退院したい」と私たち家族に訴えるようになりました。
もともと大の病院嫌いだった父にとって、入院生活が苦痛であることは、私たちにも分かっていました。
ただ、治療してがんを克服するには、ちゃんと管理されたところの方がいいのではないか、万一の体調の変化の際も、病院の方が安心ではないか、という思いがありました。もちろん、母一人しかいない自宅でちゃんと対応できるだろうか、という不安も。
でも、父がそれほどまでに「家に帰りたい」なら、なんとか応えて行きたい、とも思いました。病院や老人ホーム、あるいはホスピスで死ぬ、というのが当たり前になっている現代、自宅で看取るということがどのくらい難しいかもよく分からないままに。
昔は、「家で死ぬ」のは当たり前のことだったはず。いつからか、病院で点滴やさまざまな機械に繋がれて生きながらえさせられ、死の瞬間すら心電図のモニターで確認するようになってしまいました。お医者さんも家族でさえも。
死は誰にでもいつかは訪れるもの。それを自然の摂理として受け止めたい、それまでは「生を全うして欲しい」という想いで、とにかくやってみることにしたのです。
自信なんかまったくありませんでした。でも、やるだけやってみよう、例えダメでも。
いくつかの壁にもぶつかりましたが、いろんな方に支えられつつ、利用できるものは上手に利用してなんとか切り抜け、冒頭の父の言葉に辿りつくことができました。ある意味大往生でした。
大正末期生まれ、感情表現も上手でなかった父が、自宅での闘病生活を通じ、本当の笑い、怒り、感謝などをストレートに表現するようになったことも一つの驚きでした。
今は、1年半余りの闘病の末、父の望みをかなえられたこと、とても嬉しく思っています。
この経験を、他の「家で死にたい」と思っている方、そうさせてあげたいと思っているご家族の方へ、「ダメかもしれないけどやってみる」ための一歩を踏み出すため、「漠然とした不安」を取り除くためにお伝えしたいと思いました。
この本は、『家で看取るためのノウハウ』を患者サイドの実体験に基づき整理したものです。
介護保険法が施行されて10年、制度も事業者も整いつつありますし、在宅ホスピスのための訪問診療専門の診療所もだいぶ増えてきました。
案ずるより産むが易しという言葉もあります。
この本を読んで、「想い」があれば、なんとかなるかも、と思って頂けたら、そして「最初の小さな一歩」を踏み出して頂けたら幸いです。
[参考:厚生労働省「中長期の医療費適正化効果を目指す方策について」(2005)のなかでは、終末期を自宅等で送ることを希望する国民の割合は約6割なのに対し、自宅等での死亡割合は約2割となっています。]