距離感 | 今日もごちそうさま

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うち呑みごはん、何作ろう。

前の会社の同僚達からの大丈夫メール。ありがとう。なんとかやっています。大阪でもこちらの状況は伝わっているのでしょうか。




仕事でかかってくる大阪の業者さんからの電話はあり得ないものの言い方や強引さがあり、「あのぉー、すみません。TV見ていらっしゃいませんか?」といいたくなるものが多いです。名古屋のスーパーでは水や乾電池は少なくなっていましたが、生活は普段と変わらず、やはり違うなぁと感じました。距離感、仕方ないですよね。




いわきで学校の先生をしていて、生徒とともに避難生活を送る友人からも毎日状況報告の連絡があります。彼女のメールにはいつも最後に、”ありがとうございます”。涙が出ます。




私のおじは、東電ではありませんが、いわゆる協力会社で、いつもは福島原発で働いています。たまたまこの時期、北海道の原発に行っており、まだ帰れない状況ですが、おじの家族は30キロ圏内に居住。家族はいまは高齢のおじいさん、おばあさんと一緒に茨城と高知で避難生活中。過酷な状況の中、皆それぞれ頑張っています。




それを思うとね。私の痛みなんて我慢しなくちゃいけない。心細い気持ちなんて口に出しちゃいけない。ってわかってるんです。




でもね。痛いんです。寒いんです。のたうちまわるんです。普段でも階段は使えないけれど、症状が悪化している中、とても階段は無理なのに、駅はエスカレーターが使えません。乳児に水道水はだめって。小型犬は?と不安を口にしたら、大阪の友人に、被災者の方々のことを思わなあかんって怒られました。




大阪でも、暖房は消していますか?薄暗い中で過ごしていますか?電車は暗いですか?エスカレーターは止まっていますか?




この前初めてきいた、母の伊勢湾台風の時の話。結婚前、名古屋で伊勢湾台風の被害にあった母、三重にいる父が飛んできてくれたそうです。大丈夫か?!と母の安全を確認し、山にある父の材木工場が被害にあっており、山のふもとに住む集落が流れ出る材木で二次災害に巻き込まれる可能性があるため、5分ほど母のもとに滞在したのち急いで三重に帰ったそうです。寄りそい支えあえる人がいるって心強いなぁ。