幸せな人生を送るための
3565日目の『0.1%の成長』は、
”「罪と罰」が、私たちに教えてくれるもの。”です。
それでは始めましょう!!
■ドストエフスキーの「罪と罰」を読んだことありますか?
名前は聞いたことがあるけど読んだことはない
と言う人も多いかも知れませんし、
名著なだけに一度は読んだことがある。
と言う人も沢山いるでしょう。
ちなみに、僕は読んだことがありません(;^_^A
何度か挑戦しようと思ったのですが、
ロシア文学は難解なイメージがあったので手を付けられませんでした。
■そんな「罪と罰」ですが、
「2020年に生きる私たちに教えてくれることは何か?」
という視点から学ぶ機会がありました。
講師は、古典教養大学の宮下友彰さんです。
で、早速結論。
と言いたいところなのですが、
これが難しい。
誰もが考える答えの一つが、
人間の本質は何年たっても変わることがなく、
同じ過ちを繰り返してしまうものである。
ということになりますが、これでは面白くない。
そこで、
時代背景、新しい価値観と古い価値観の間に置かれた
主人公の心理を考えながら、参加メンバーで考察していきました。
■この物語は、一人の青年が
金貸しの老婆を殺めてしまうところか始まります。
人を殺すことは、とても罪深きことであり、
キリスト教においては絶対にしてはならないことです。
(キリスト教に限らずですけれどもね)
絶対にしてはならないことを実行してしまった理由が、
古い価値観と新しい価値観の間から生まれた、
善悪の判断だったのです。
そんな古い価値観と新しい価値観を象徴する登場人物が
物語の中で、重要な人物になり、
主人公の人生に大きな影響を与えました。
あなたの人生にも、
古い価値観を持つ人と新しい価値観を持つ人が必ず存在し
その人達に何かしらの影響を受けているのではないでしょうか。
■罪と罰は、今から150年前に書かれた小説です。
150年前の価値観と現在の価値観は、
変わっているようで変わっていない。
もっと言ったら本質はどれだけ時間が経とうとも
変わることはないと言えるかも知れません。
だからこそ、
物事の本質を見極めることが大切なのですよね。
そしてもう一つ。
どちらかと言うとこちらの方が大切かもしれません。
”真に他人を裁くことができるのは神さまだけだ”
と言うことです。
便宜的に基準(法律)を作って人は人を裁きますが、
そこでは善悪を判断していないるのではなく、
決めたことを守っているか守っていないかなのです。
本来、人は人を裁くことは出来ませんし
裁いてはいけないのかも知れません。
特に、善とか悪とかにはね。
■それでも人は、善と悪に分けたがりますから、
誰もが持っている自分の中の善(正義)で、
悪を成敗しようとする。
その結果、現在で言ったら、
自粛警察やクレームやモンスターペアレンツなどが生まれてくる。
ある人にとっての善が
ある人にとっての悪になる。
罪とはなんとも悲しいものであり、
罰とはなんとも寂しいものなのですね。
■「罪と罰」が、私たちに教えてくれるもの。
それは、人間にとって永遠の課題なのかもしれません。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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