「君、どこから来たの?」
「あっ、○○町です。お使いで△△町に行った帰りに道に迷ってしまって……」
「○○町だったらここからすぐだから送ってあげるね」
その人は奥の部屋に向かい、どうやら誰かと話しているようだった。
「じゃあ、智……ちょっと行ってくるね」
そう声が聞こえてきたと思ったら優しい笑みを浮かべながらその人は戻って来た。
「俺は二宮和也。君、名前は?」
「あっ……相葉雅紀です。中1です」
「ふふ、雅紀くんね」
ふわりと、そのまま消えてしまいそうな笑みを浮かべた二宮さんが傘を手渡してくれた。
「自転車は晴れた日にまた取りにおいで」
黙って頷く俺は遅れないように慌てて二宮さんの後ろをついて歩いた。
俺は何故だかいつになく色んな話をした。両親の都合で預けられている事、毎日ゲームばかりして過ごしている事。
そんな俺の話を二宮さんはクスクスと笑いながら聞いていてくれた。
「あ、雅紀くん。この辺りならもう分かるんじゃない?」
いつの間にか見慣れた町の商店の前まで俺は戻って来ていた。ここまで来れば1人でも大丈夫。
「はい、二宮さんありがとうございました。」
「ふふ、じゃあもう迷子にならないようにね」
そう言い残して二宮さんは来た道を戻って行った。その後ろ姿を見送り、俺は祖母の家まで走って帰った。
そして、翌日、俺は再び二宮さんの家の前にいた。夕べ俺の帰りを待っていた祖母に二宮さんの話をしたらお礼に持って行けと言われた祖母手作りおはぎを抱えて……。
二宮さんの家は夕べは暗くてよく分からなかったけど表札には『大野』と書いてあった。
「この家で間違いないよなぁ……」
ちょっと不安になって回りを見渡せば俺の自転車があった。やっぱり此処だ。
チャイムを鳴らしてみたけど、どうやら壊れているようで鳴っている気配はない。仕方なく夕べのように俺は声をあげた。
「二宮さん、こんにちは!昨日お世話になった相葉です!相葉雅紀です!」
シーンと静まり返った家屋。ようやくゆっくりと引き戸が動いた。
「雅紀くん?自転車なら勝手に持って帰って良かったのに。」
明るい所で見る二宮さんは夕べの印象よりも透き通るような色白で儚げな美しい人だった。
「あ、いえ……昨日はありがとうございました!これ、ばあちゃんがお礼に持って行けって!」
「そんなに気を使わなくていいのに……」
ありがとう、と言いながらおはぎのお重を受け取った二宮さんはコソッと蓋を開けて中を覗き見ていた。
その仕草はどこかイタズラっ子みたいで大人なのに俺は可愛いって思ってしまった。
「わぁ、おはぎだ!智が大好きなんだよね。あ、雅紀くんも良かったら一緒に食べて行かない?」
智って誰だろうという疑問ともう少し此処に居たいという謎の感情のもと、俺は二宮さんの提案を受け入れた。
通された家の中は古い日本家屋。無駄な家具とか一切置いていなくてよりいっそ広く感じた。
そして微かに匂ってくるこの匂いは……
思わず鼻をクンクンさせる俺に気づいた二宮さんはクスクス笑い、
「ふふ、ちょっと匂うでしょ?これ、絵の具の匂いだよ。」
「絵の具?」
「そう、ここの家主の智は画家なの。売れない画家だけどね。」
「ったく……お前は一言多いんだよ。」
その時、部屋の奥から出て来た人は二宮さん程じゃないけど華奢で色白な男。この人が大野……智さん?
「あっ、お邪魔してます!俺、昨日二宮さんにお世話になった……」
「和から聞いてるよ。迷子の雅紀くん、だろ?」
えっ、和?……あ、二宮さんの事か……迷子の雅紀くんって……ちょっと嫌味を言われたのだろうか。大野さんは目を細めてニヤリと笑っていた。
「ほら、智っ!雅紀くんをからかわないよ!智が好きなおはぎ持ってきてくれたんだよ!」
「おっ、マジかっ!和、お茶頼む!」
やれやれ、と呆れたように優しい笑みを浮かべながら二宮さんはお茶を煎れるべく消えて行った。
この二人……どういう関係なんだろう。