3000万人のプロレスファンのみなさん、大変ご無沙汰してしまいました。
最近、時間に余裕もありまして(要するにヒマなんです)、気づけば
プロレスのことばかり考えてしまいます。
いまさらで恐縮ですが、『泣き虫』を読みました。
高田延彦さんの自伝であり、書き手は金子達仁さん。
Uインター時代の北尾戦、プロレス界の関が原「ヒクソンとの大一番」の裏側を
包み隠さず書いており、たしかに出版当初はバッシングも起きて当然と
思わせる内容でした。
「ハッスル」が成立している現在では、この本に書かれていることに
そんなに違和感をおぼえません。読後感は気持ちの良いものでした。
そして思いました。
80年代後半から、そして現在までプロレスを愛するモノにとって
高田延彦ほど、常にその視界に入っていたレスラーはいないのではないのか?と。
みなさまはどう思われますか。
親日時代は猪木の付け人、そして第一次、第二次UWFへ。解散の後、Uインター設立。
「最強」をうたい文句に、実物の1億円を記者会見の場に積み上げ、そしてそれを賞金に
各団体のエースを名指しで行った公開挑戦状は、高校生だった私をいたく興奮させました。
親日との東京ドーム戦争(「切れてないっすよ」と言ったのは、この日でしたね)、Uインター崩壊、
グレイシーとの死闘の舞台として、彼が作り上げた「PRIDE」。
愛弟子、田村との引退試合で、彼は顔面を思いきり殴られリングに大の字となりKO負け。
よく考えれば、彼ほどのネームバリューがありながら、あれほど「リアルファイト」に徹して
自らの引退試合をしめた選手は前例がないように思います。
「この道をいけば、どうなるものか‥」。そんなことを言ってるヒマもありません。
つらつらと書いてしまいましたが、プロレスファンなら誰しも贔屓の団体はあるでしょう。
けれど高田延彦という選手は、プロレスファン全員にとって、常に注目され続けた選手だったと思うのです。
なぜか?
プロレスには決まりごとがある、けれどリアルファイトでやっても勝てる、だからこそ
プロレスこそ最強! そんなファンの幻想を彼は抱え込んで戦ったからです。
改めて振り返ると、高田延彦という選手のことがとても好きになりました。
プロレス黄金の90年代を駆け抜けた、私が考える後世に最も影響を与えたレスラーは
大仁田 厚と高田延彦です。
彼ら二人に共通していえることは、プロレス界という小さな村を飛び出して
「世間」と戦った点でしょうか。
だからこそ、あの二人は突き抜けた。
数多くの試合を見てきましたが、高田延彦のハイキックで北尾がストンと崩れ落ちるシーンは
いまも頭に残っています。それほどインパクトがあったんでしょうね。
