誰かが名付けた和製英語が、日本には溢れている。
「防災頭巾をかぶり机の下に潜り込め!!」。
そう叫ばなければいられないほど、今の世の中には
取り扱い注意的なものが多い。
メールアドレスや住居名を電話口で誰かに伝えるその時に
我々は(自分で名付けたワケでもないのに)
なかば強制的に 「和製英語をしゃべらされている」。
これは、コトバの米国襲来、ペリー来航である。
相手「お住まいのご住所をお教え願えますでしょうか?」
オレ「えーっと、ヒガシク‥の」。
相手「ビル名はどのように? アルファベット表記でしょうか?」
オレ「そうですね。F・A・M・I‥‥‥‥」。
ロクに英語もしゃべれない黄色人種が、口にするアルファベットのやりとり。
うんざりする。
早く電話を切って、ファミスタ'95やって、寝たい。
そんな考えが頭を支配するころ相手はこう告げる
「復唱します!!!」。
いや。実際はこんなに「!」マークついてないけどさ。
社の方針だろう、そこではアルファベットを確認する際は、国名・都市名に置き換え
確認するのが作法のようだ。
「F は フランス の エフ」
「A は アメリカ の エー」
「M は マレーシア の エム」
「I は イタリー の アイ」 (←なぜかイタリーといっていた)。
「L は ロンドン の エル」
「E は イングランド の イー‥‥‥‥ですね!!!」。
また「!」つけちゃった。
ともあれ、どうだろう。
この当たり障りのなさ。
恥も外聞も捨てて、アルファベットなんぞというよくわからないものを
見知らぬ人間同士がケータイにむかって話しているのに(通話料まで払って)。
なのに、どうだ。この最後の国名に例えるあたりの、当たり障りのなさ。
腫れ物に対する、さわりたく、なさ。
ここまできたら恥も外聞も捨てようぜ。
飯もたべればクソもする。
「誤りのないように、復唱する」
という点を第一の目的とするなら、本当にみんなが知っているもので
たとえてはどうだろうか(←やっと、本題)。
「F は フライング二ールキック の エフ」
「A は A.猪木 の エー」
「M は ドエム の エム」
「I は IWGPヘビー級ベルト の アイ」
「L は ライオネス飛鳥 の エル」
「E は イーグル沢井 の イー」
どうだろう。
この、わかりやすさ。
妙にしっくりくる、絹のような肌触り感。
皆さんもぜひ、復唱する際に使ってみては。
(結局、プロレスオチか)。