ミッドシップスポーツカー

館内 端 ・ 折口 透

株式会社グランプリ出版

1984年1月17日 初版発行



◆第1部 ミッドシップの理論的考察

ミッドシップの理論的考察  舘内 端

【第3章 ミッドシップの特性】


②コーナーへの進入(ターンイン)
 過渡特性は、ステアリングを切り込んでから定常状態に落ち着くまでのわずかな時間での状態の変化や、急激なアクセルオンやアクセルオフ、ブレーキングあるいはS字コーナーや車線変更におけるステアリングの切り返しのときなどに現われるクルマのクセをいう。
過渡特性を知るにはコーナリングを、進入(ターンイン)、コーナーの途中(ミドル・オブ・コーナー)、脱出(アウト・オブ・コーナー)にわけてそれぞれにおけるクルマの挙動を考えると分かりやすい。

 コーナーへの進入ではクルマの向きの変わりやすさがポイントになる。
ステアリングを切ってからクルマの姿勢が変化するまでの時間が短いほどまた姿勢変化量が大きいほどシャープなクルマだということになる。

 その点に関しては、ミッドシップ→RR→FR→FFの順に鈍くなる、シャープでなくなるといえる。
あるいは感覚的には[ミッドシップ、RR]、[FR、FF]という2グループに分かれるといってもいいだろう。
同グループの間ではシャープさの差異は大きく感じられないが、グループ間の差は大きく感じられる。
特にミッドシップとFFという対比では、ステアリングのシャープさに大きな違いがある。

 FFあるいはFRといったフロント・ヘビーなクルマでは、ターンインでのアンダーステアを出さないように例えばブレーキングしつつステアリングを切るといった絶妙の技術やタイミングが必要になる。
こうすることでコーナリング初期のいわゆる過渡的なアンダーステアはある程度殺すことは可能だ。
しかし、それはアンダーステアが弱まるということであって、積極的にクルマが自ら姿勢変化を起こしていくという感じとは違う。

 一方、ミッドシップではそれほどの高度なドライビング・テクニックを用いなくとも、クルマは容易に姿勢変化を起こす。
感覚的にはシート付近を中心にしてクルマが回転(ヨーイング)を起こし、フロントが内側に切れ込んでいくような姿勢変化である。
RRもこれに似た姿勢変化は起こすが、ミッドシップと異なるのはフロントが内側に切れ込んでいくだけではなく、リアが外側に出ていく感じを伴う点だ。
ヨーイングという運動を物理的に考えれば、これは重心点を中心にしてクルマがZ軸(上下軸)上を回転することであるから、以上のような感覚的なクルマの挙動は正確な表現ではない。



 しかし、クルマの座標系に注目したときのヨーイングは確かにそうなのだが、注意しなければならないのはドライバーの感じるクルマの動きはクルマの自転とともに公転も含んだものであり、さらに横方向の動きも感じていることだ。
例えばヨーイングを起こしつつ旋回半径が小さくなると、リアは動かずにフロントが切れ込んでいくように感じるし、旋回半径が一定に近い場合にはリアが外に出ていく感じを受けることになる。

 ミッドシップが容易に姿勢変化を起こすということは、コーナー進入速度を高くとれる、ドリフト・アングルを容易に確保できることにつながり、結果としてコーナリング・スピードが高くなる。
これはミッドシップの最も大きなメリットである。
一方、FF、FRはコーナリング初期のアンダーステアを殺すために進入時にはスピードダウンを強いられることになる。

 コーナー進入時に姿勢変化を起こしやすいというミッドシップの利点は、しかし同時にスピンが急激に起こることをも意味しているわけであり、コントロールのむずかしさにつながる。
このメリットはともするとデメリットになってしまう。
ミッドシップのステア特性のチューニングには高度な技術が求められるわけであり、それは必然的にサスペンションのコンセプトにもミッドシップ特有のものが求められることを意味している。

 ミッドシップ作りのむずかしさのひとつは、ここにあるといってもいいだろう。
クルマのコントロール性についてしっかりとした考えを持っていて、かつそれを実現できる技術がないと、優れたミッドシップは作れない。
未完成のミッドシップであれば、従来からのFFあるいはFRにも及ばないことになる。

 ミッドシップの欠点やコントロールのむずかしさは、次のミドル・オブ・コーナーで現れやすい。