娘は年頃の娘らしく体重も気にしているのと体力も付けたいということで、一日の勉強が終わってからお風呂の前にランニングマシーンで20分走ることを日課にしています。その時は古文の単語帳を置いて覚えながら走っています。その後お風呂に入って、出た後に30分くらいゆっくりしてから就寝するのですが、最近はその時間も日本史の本を読んでいる事が多いです。
そんな風に勉強している娘を見ると、自分の中である想いが強くなってきます。それはよく言う「努力したなら結果は受け入れられる」というものとは真逆の心で、「努力したなら尚更それが合格という結果で報われて欲しい」というものです。
これが如何に儚い願いであるかは分かっています。努力は報われるとは限らないのです。正確に言えば、努力は必ず報われるが、それがいつなのかは分からない。どんな形で報われるのかはわからないし、望んだ時に望んだ形で報われるとは限らないのです。一生懸命勉強した事はひとつも無駄になることはないけれど、それが直近の大学受験合格という形で報われるかどうかはわからない。その不安と向き合わなければならないところに受験勉強の辛さがあると思います。
やればやるほど、「これだけやったのだからどんな結果でもいい」という気持ちと、「これだけやったのだから報われて欲しい」という相反する二つの心が大きくなっていくような気がします。人間の心って一つじゃなくて揺れ動くものです。そして、思い通りになったからといってその先うまく行くとも限らないし、逆もまた然りです。全部ひっくるめて、娘は乗り越えていけると信じています。
