どの国の

どの商売でも

取り締まりは怖いものだ


法律や規則があり

それを監視する機関がある


当たり前のようだが

法治国家しか

これはありえない


もしなければ

どうなるか

もちろん

消費者個人が

自らの身を自分で守らなければならない


しかし

自分の及ぶ範囲以外を守ろうとすると

共通の概念が必要になる


いわば

住みやすくするためのルール

である


監視や取り締まりは

もちろん重要だが

その法律や規則が

本当に生活に合っているか

見直しが必要である


時代が変わり

生活が変われば

規則は変わるべきだが

変えられない国は

住みにくくなるだけである

芸術作品などは
修理するなど
できないだろう

しかし
生活用品や機械ものは
大概修理できる
できるが
修理するより買い換えたほうが安い

廃棄したくなくても
壊れた機械は
廃棄物となる

修理にかかる費用も
廃棄にかかる費用も
ひっくるめて
新しいものより
安くできないだろうか

新しいものが売れないと
経済が発展しない理屈が
おかしいと
思わなければならない

地下鉄があり
バスがあり
タクシーがあり
クルマもバイクもある

外国でも
不便さは
感じない

けれど
清潔さでみれば
いわば
異常なほど
きれい好きな国民が
日本人なのか

これまでの歴史なのか
作られたものなのか

ある人と
同感だったのは
無菌室で弱い人間になるのではなく
病気をしてでも
耐性の高い人間のほうがいい
ということ

日本人は
きれいな日本で
弱くなっているのかもしれない

あらゆることに

価格があり

そこに価値を認めるから

人は購入する


たとえ

0だとしても

0という価格である


そして

自分にとって

価値を認めたものほど

大切にするのかもしれない


安く購入したものは

失っても

損失感覚が低い


廃棄をするとは

まさに

自分にとっての価値を失う

ということなのだろう


いくら

人が価値を認めても

自分にとって

価値を失えば

やはりそれは

廃棄物となる


廃棄物をなくすとは

どんなものにも

価値を見出すことになる


なかなか

高い課題である

業務名から

商品名への転換は

ヤマト運輸を真似してのもの


宅配は

宅急便となった


配管清掃は

ハリヨくんになった


そんなヤマト運輸が

ビルまるごとの配送を請け負うサービスを

始める


なんだか

昔の逆をいくような新展開


内容ではなく

時代に合った新しいサービスが

求められている


常に

ニーズの先へ

目を向けていかなければならない