前回から、だいぶ日が経ってしまいました。

コロナ第2波に脅えつつ、家族4人(+猫黒猫一匹)、無事に過ごしています。

 

あっという間に長女は生後2カ月を過ぎ、まるまる肥え、初めての予防接種を受けました。


 

長男の時は生後45日まで入院して、抗がん剤2クール+ルート維持の日々だったなぁとか、

ロタは接種できなかったなぁとか、つい月齢を重ねてしまいます。


こうやって成長記録を1行で書けるありがたみを日々実感。

本当に、日々、実感。

 



スーパーや通院以外、実質ステイホーム生活は丸4カ月を過ぎました。

(まだ、両祖父母も第二子とは対面出来ておりません、悲しい)



 

食べることくらいしか楽しみがなく、

私の好物の桃でも買いましょうと山形産の大きな桃を奮発したら、

翌日午前、実家から梨が大量に届き、

同日午後、義実家から大きなシャインマスカットが届きました。

せめて3日ずつずれてくれたら!!


そんなこんなで、予定のない連休を過ごしています。

 

 

----------------- 

前回の記事はこちら

4、2020年6月、新生児の眼底検査&退院まで①

-----------------

 

出産当日は私がMFICUにおり、出産翌日(生後1日目)より母子同室。

その日の夜、看護師さんに、眼底検査が出来ないか新生児科の先生に聞いてもらうようお願いしました。

 

 

生後2日目】

 

この日から24時間母子同室が始まりました。

朝晩の自分の抗生剤&鉄剤点滴等もあり、本当に大忙し。

かつ、授乳に邪魔だったので点滴のルートを抜いてもらっていたのが、


後で、裏目に、出るよねー。

楽だったから私自身は良かったのですが。

 


朝から、授乳→ミルクの合間に抗生剤と鉄剤を点滴し、

退院指導とやらを受け、バッタバタしている最中に、

「眼底検査について、お昼前に新生児科の先生とお話できます」

と、日勤の看護師さんが伝えに来てくれました。

 

 

新生児室で待っていたのは若い男の先生と、優しそうなベテランの女性の先生。



私の既往、長男の既往、生まれた長女の羊水検査結果と臍帯血の送付について説明し、

(PGT-Mの事がカルテにどこまで書いてあるのか分からなかったのでそこはスルーしました)

「遺伝している可能性は低いが、できるなら眼底検査をしてもらいたい」

と、簡潔に伝えました。

 


先生からは、

「網膜芽細胞腫疑いということで、検査はできる」

と、あっさり。


ちょうど翌日、未熟児網膜症の検査のため、週1回、眼科の先生がGCUに来る日になっており、

1日GCU入院(同じフロアなので実質数時間)という形になるが、それで良ければ、という説明がありました。

 


産科の主治医は、やる必要があるか?という話をしていたので、

特に問題なく検査してもらえることになったことに拍子抜け&安堵(あんどあんど)しました。

 


それから、

散瞳する目薬は腹部膨満や発疹?(うろ覚え)などの副作用が出る可能性がある、と言われ、

「ミドリンP(散瞳薬)ではないんですか?」と尋ねてみると、

「いや、カクテル(多分混ぜるということ)になります」

と説明されました。


今までそんな説明受けたことはないけれど、新生児の散瞳検査が多いので、副作用もきちんと説明してるのかな、くらいの感覚。

(長女は3200gあったのであまり心配せず)

 


諸々同意をし、ふと、
「検査には同席できますか?(コロナの事も含め)」と尋ねると、
「普通はしないけど、希望するなら、GCUに伝えます」とのこと。
翌日9時50分からGCUに預けることになりました。

 



新生児室に預かってもらったついでに、陣痛からの緊急入院だったので、入院3日目にしてやっと(私の)入院手続きに行けました。


普通の椅子は会陰の傷が痛くて座れず。

(U字クッションを持ち運ぶ勇気が無かった)

パジャマで立ったままで手続きをしていたらふらっふらになりました。

家族の立ち会い面会一切禁止が、こんなところで負担になるのね、と、コロナを少し恨む。




戻って授乳、シャワー、再度抗生剤点滴、家族にテレビ電話等をしているうちに、あっという間に消灯。

翌日の眼底検査前(9時)に授乳できるよう、時間を調整するつもりでしたが、

早くも新生児にぐずられ、頻回授乳している内に明け方になり・・・。

 

 


そう、私、忘れていました。

 

 

生まれたらきっと試しまくると思っていた、長女の目のフラッシュ撮影。

(網膜芽細胞腫は、腫瘍がカメラのフラッシュで反射して白く光る白色瞳孔が特徴です)

 

ひたすらバタバタしていたのもありますが、

眼底検査の日まで、ガッツ石松をなんとか可愛く詐欺って(笑)家族に送ろうと、

動画や写真はたくさん撮っていました。

でも、目のフラッシュ撮影は一切、思いつきもしなかったのです。

 


やはり、「遺伝している可能性は限りなく低い」ということが、

精神的な安心材料になっていたんだと思います。

 

長男の時は、遺伝が分かっていたので、生後7日目の確定診断まで

「怖くて」フラッシュ写真を撮れませんでした。

写ってしまったら、発症していることが分かってしまうから、完全に産後の現実逃避。

(写ったところで、結局検査しなければ確定しないので、それはそれでよかったと思っています)

 

 

 


【生後3日目】

 


明け方まで頻回授乳していたのを見かねた新生児室が、

授乳1ターンだけ長女を預かってくれて、ちょっと仮眠。

 

朝、日勤の看護師さんに

「GCUの検査に同席できたらとお願いしていたのですが」

と再度尋ねていました。

 

しばらくして、深刻そうな看護師さんがやってきました。

「同席は可能ですが、眼底検査は、赤ちゃんを抑えて検査しなくてはならず、お母さんにはショックかもしれないです。それでも大丈夫ですか?」

 


「あ、全然平気っす」と、即答笑。



多分、GCUの看護師さんが気を遣って仰ってくださったのだと思います。

 

低月齢児の眼底検査はステンレス?の開眼器を使います。

強制的に目を開かせるし、動きも少ないので鎮静せずにタオルやシーツで巻いて押さえてやることがほとんど。

確かに、なんの予備知識もなく見ると、びっくりするかもしれません。

 

ただ、そもそも私の前の主治医は乳幼児はぐるぐるStyleで診る人で、

私は小学校低学年の時に「うまく見えない」という理由でぐるぐる巻き&開眼器で検査をされたことがあり、記憶が残っています。

(普通はその年齢ではやらない。確かに痛かった、でも多分私が暴れたから)

 

長男の確定診断の時(小児医療センター)は立ち会えませんでしたが、

その翌日、生後8日目に国がんに入院した時の眼底検査は同席していました。


子どもが検査することに免疫が付いている自分嫌だなぁと思いつつも、看護師さんの気遣いに感謝。



確かに、長男が採血や点滴で大泣きしていた時は「自分のせいで」と思って、つらかったなぁ。

彼が治療を頑張ってくれた分だけ、私も強くなったということにしておこう(もともと神経図太い説)。

 


そうと決まったら、授乳をして長女を預け、眼底検査が始まる前に、さっさと自分の点滴を、となりましたが。

 


漏れるよねー、点滴(´•ω•`)

まさかのこのタイミングで。

 

刺しっぱなしのルートと違い、点滴ごとに針を刺すので、

保持しやすい柔らかく太めの針?ではなく、

採血に使うような硬い細い針を使っていました。固定も緩くテープで止めるだけ。

 

抗生剤はすんなり終わり、続いて、鉄剤(フェジン)。

肘の角度を少し曲げると、うまく落ちず不安定に。

看護師さんも、私が急いでいるのを分かっていたので、刺しなおしせず、角度を微調整して乗り切る作戦だったのですが。


作戦失敗で漏れる。

看護師さん慌てる。

なぜか看護師さんたち、わらわら来る。

 

鉄剤は血管外に漏れると腫瘤ができたりただれたりする皮膚障害が出るらしく、

漏れると良くないらしいです。

産科の先生やら、少し遅れて皮膚科の先生まで登場。

 

おいおい大ごとかよ、自覚症状ないよ。

(結果、1カ月ほどあざのような痛みがあったけど大したことなかった)

 

と思っている間に、点滴のベテランみたいな看護師さんが登場し、
反対の腕に秒でルートを取ってくれ、残りの点滴も直ぐに終わりました。
 
こりゃ、眼底検査間に合わなかったかな、と思っていると、
「まさに今からなので急いでいったら間に合うそうです、今です」

と、看護師さんが教えてくれました。

 


トイレを我慢したまま、GCUにダッシュ!

(のつもりだけど、傷が痛いので実際はヨタヨタw)

 

 



【眼底検査】

 

結局、時間は午前11時半くらいだったと思います。

迎えてくれたGCUの看護師Tさん。

たった10分~15分ほど同席しただけですが、Tさんの対応の素晴らしさが強烈に印象に残っています。


 

NICUではないものの、小さめだったり、なにか疾患を抱えている子が多いはずのGCUに、

「疑い」はあるものの、「多分大丈夫」な大きめ長女。

 

なんだか、眼底検査を頼んだのが申し訳ない。

でも、やはり検査はしてもらいたい。

 

入った瞬間、そんな思いでいた私に、看護師Tさんは

「お母さん、心配ですね。何事もないといいですね」

と、ごくごく自然に声をかけ、

検査の方法と、副作用の可能性、血圧や心拍のモニターの説明をしてくれ、

「検査中と検査後は私がしっかり様子を見ますからね」とニッコリ。

マスクしてるのにこんなにニッコリ笑える人なかなか見たことない。

 


本当にその日の最後の検査だったようで、
直前にバスタオルでぐるぐるっと固定された長女に、

「お腹すいたね、いっぱい待たせてごめんね」

「ママ来てくれたよー」

「検査おわったらおむつ替えようね」

と絶え間なく話しかけてくれていました。


あー、毎日小さい命たちと、それを見守る親に、

丁寧に寄り添っている人なんだろうなぁと

一瞬で分かる立ち振る舞いでした。

 


眼底検査は想像通りで、長女は大泣き。

 

つかつか急ぎ足でやってきた寡黙な眼科の先生は、

眼底をみながら、

「お産は大変でしたか?」と一言。

 

一瞬意図が分からず、世間話かと思い、

「出血が多くて…」

と自分のことを答えた瞬間に、新生児サイドの情報を求めた質問だと気付く。

 

「あー、頭が降りてくるまでに少し時間がかかりまし…」

と、慌てて答えなおしている最中に、

「がんばったんだねぇ」

と、完全スルーで長女に話しかける先生。冷たい(笑)

 


クールな先生、眼底を見ていた器具を外すと、

「網膜に出血がありますが、お産の時の圧によるもので、生後数日はよく見られるものです」

「腫瘍性の出血などは見られません」

と一言。

 


「当たり前」のはずだけど、聞く瞬間はやはり息が詰まって、
「当たり前」の言葉を聞けて、安心したら手が震えだしました。

 

ゆっくり、ゴールまで一個ずつ積み上げていったピースを、また一つ積めた。

そんな感じ。

 



そして、
「お母さん、よかったですね、安心ですね」と、一緒に本当に嬉しそうに喜んでくれ、

「頑張ったねぇ、偉いねぇ」と、長女に話しかけてくれるTさんに、ジーン。



時間が経ってしまったので、ミルクをあげてくれるとのことで、

一足先に私だけ産科病棟に戻ることになりました。

 


今後の経過観察はどうするか聞かれ、

長男と私は国がんで診てもらっているが、長女を国がんで診られるかはわからないということ、

そもそも遺伝はしていないので、経過観察がどれだけ必要かも決めかねていることも伝え、

退院時に新生児科の先生とまた相談することになりました。




最後までクールに去っていかれた眼科の先生にお辞儀。

(眼科で超フレンドリーな先生ってあまりいない気がするw科ごとに性格ってあるのだろうか)

 

 



長女のGCUの入院手続きをしなければ、GCUを退院できない=産科病棟に戻れないため、

その足で、今度は長女の入院手続きに。


早いほうがいいだろうと、書類をGCUに持って行くと、なぜか慌てた様子でTさんが入り口に走ってきました。

「お母さん昼食を食べていませんよね。ゆっくり食べてからで良かったのに、伝え忘れて急がせてしまってごめんなさい」

 



女神か。




今読み直すと、何気ない気遣いなんですが、

産後のがたがたホルモンな私には最後まで直撃ズキュンでした。

 


眼底検査の姿にショックを受けないか心配してくれたのも、このTさんなんだろうなぁと、なんとなく分かりました。

(腹ペコよりずっとトイレ我慢してたほうが緊急事態だった)




 

【退院診察と脂肪腫】


この日は本当に長い1日でした。


本来なら翌日退院のはずですが、貧血のため、この日の採血次第で延期かも、と言われていました。


眼底検査の結果を夫に伝え、戻ってきた長女に授乳して一息ついたら、

担当医が翌日不在ということで、一足早く退院診察&採血結果を聞くことに。



この頃会陰の傷はまだまだ腫れまくっていましたが、

「ちゃんと治ってきてますよ」と、言われて、

「良かったですー!(ホンマかいなめっちゃ痛いわ)」

という会話をしていると、



「あれ、脂肪腫があるけど、知ってる?」

と、担当の女医さん。



膣内に3つ、脂肪腫がある、といわれました。

「脂肪の塊なので良性です」

と、経過観察でいいよーと言われたのですが、


「腫とつくものがあると怖いんです」

と、訴えてみたところ、

「うーん、希望するなら生検だしてみる?」

と、その場で取ってみることに。

(全然痛くなかった)


結局は、取ろうとした2つは潰れてしまい、中は脂肪だったとのこと、

残った1つは一応記録しておいてもらい、1ヶ月検診で様子見ということになりました。



そして採血の結果は、

CRP1.7(下がってる)

ヘモグロビン7.3(こっちも下がってる)



「ヘモグロビン下がってますけど」

早く長男(と夫)に会いたかったのでテンションだだ下がりの私。


「今の状態で退院延期のメリットってなんでしょうか?」と尋ねると、

「安心感」

と、簡潔な一言が帰ってきました。



炎症反応も白血球も下がってるから、体調は切り返している事は間違いないとのことで、

「うーん、帰る?」

と主治医が一言。


病棟内で立ち歩くのはまぁなんとか出来ていたので、必死にコクコク頷く私。


結局、二週間後に経過観察で診察に来ること、

明日朝まで鉄剤を点滴し、その後は朝晩内服、

家では家事はせず安静のこと、



を約束して退院OKが出ましたヽ(´▽`)/




【生後4日目、初対面】


そして翌日。

退院の日は気温30度、快晴の夏日でした晴れ

迎えにきた夫と長男と、長女が初めて対面したのは、病棟を出た廊下でした。


当時、コロナは第一波は治まりつつありましたが、都内はまだまだピリピリしていた時期。

夫は丸4日間ワンオペで長男との生活でした。

(成長したなぁ)




初対面の長男の感想は「ちっちゃ」でした照れ




(なぜよりによって夫はこの西松屋シャツを着せてきたのか)





眼科の診察予約もない、RBの治療の予定もない出産。

感想は「私にも本当に遺伝せずに子供が持てたんだな」でした。



コロナのせいでイレギュラーなことも多々ありましたが、

無事に家族4人での生活がスタートしました。




ひとまず、安定の長さの備忘録。

お付き合いありがとうございます。




更新が遅くなったため、

すでに、遺伝子検査の結果と今後の診察予定も決まっています。

長男の就学に向けた動きもボチボチ出てきたので、

また隙間を見つけて記録しておきたいと思います。