2024.10 
限定を解除して全体公開に切り替えました


「経産婦は早いっていうよね」
「もしかしてもう生まれちゃってる?」
「スクワットとか運動がいいらしいよ!」



うるさいうるさいうるさーい!!笑






ご報告が遅くなりました。
第2子となる長女を、予定日を超過しまくりで6月1日未明に無事出産しましたニコ





経産婦だからっていろいろナメてたら、痛い目を見ております。
とりあえず母子ともになんとか無事で、先日退院し、自宅に戻ってきたところです。



今回はRBとは無関係の出産記録です。
アメンバー記事なのは生々しいから。
苦手な方はスルーしてくださいね。


 



●予定日超過

4月からの家族一同自粛生活も2ヶ月弱。
5月に入り、いつ陣痛が来ても、とそわそわしながらすごしていましたが、
焼肉もオロナミンCも何の効果もなく、予定日もしれっと超過。
もしかしてこのまま一生妊婦として過ごすのかと思い始めた5月末(そんなわけない)。


正期産ギリギリの41週に入るため、6月1日午後からの誘発入院が決まりました。



予定日を過ぎてからは身体的にも精神的にかなりしんどくて。
長男が38週の時に羊水過少と言われ、出産時に心拍が下がったことや、
週数を経るごとに胎盤機能は落ちていく一方なので、胎児に影響がないかと毎日気が気ではなく。


周りや親戚からのまだなの?大丈夫?も、
「こっちが聞きたいよ」とイライラしてしまい、
LINEやSNSも最低限にして、ひたすら運動する生活。



臨月になってから胃の圧迫で吐き気がひどく、食べたいのに気持ち悪い。
寝たいのに細切れにしか眠れない。
散歩も雑巾掛けもスクワットもし飽きたし、
長男と夫も遊びのネタが尽きて持て余し気味。


そんなストレスで、
胃酸をやり過ごすのに、氷食症になってました。
(貧血ではなかったはず)

それから、妊婦に禁忌の塩分、というより、岩塩をかじりたい衝動にかられ笑。

無塩のナッツに雀の涙ほどの岩塩を散らし、
氷と交互にポリポリかじる日々。
1日塩と氷のことばかり考えてました、病んでる笑。


誘発が決まってからは、もうなるようにしかならないよね、と、
逆に残り数日の長男とべったり生活を楽しもうと、気をそちらに向けていました。



●誘発入院前夜の陣痛

生々しい系の話がダメな方はスルーお願いします。、



予定日超過8日目、誘発入院前日の5月31日。
5月26日から緊急事態宣言が解除され、感染者数もグッと減ったため、
しばらく会えなくなるからと家族でランチへ。
といってもマンション裏のガスト笑。

3月?以降、長男の国がん受診時(19階)以外では初の外食で、
ガストですらすごい気晴らしになったので、今までの異常な生活を痛感します。


その日は特別長男を甘やかす予定で、
普段は寝ている時間に近所の踏切を通過する、お気に入りの電車を見に行く約束でした。

いつもは夕食後に入るお風呂を、夫に早めに入れてもらい、
夕飯をいつも通りに作り、少し早めに食べ、食器を洗い、
21時過ぎから時間潰しに「ノラネコぐんだん」カルタで遊んでいた頃。



ん、お腹痛いかも。

まぁ前駆かなー。

ん、やっぱりお腹痛いかも。

明日、午前中に入院セット詰め直さなきゃなー。

ん、お腹痛いなー。

測ってみよ。

8分間隔。




えぇえぇええ( ꒪⌓꒪)!
 

明日から入院ってタイミングで?
と、にわかに緊張しだす私。
動揺してうろうろしだす夫笑。


ひとまず病院に電話したところ、
「本陣痛かわからないから1時間後にまたかけてー」
とのことで。


その間に急いで約束の電車を見に行き、
(タイミング的によく行けたと思います。よかった)
急いでお風呂に入って身支度する間に、
陣痛は5分間隔に。



あー、マジなやつかも、と
病院に再度電話をし、陣痛タクシーを呼んで、
今にも寝そうな長男と夫に見送られ、
23時半には病院に着きました。



途中数回陣痛をやり過ごしつつ、
自分で入院荷物を担いで病棟に到着笑。
この頃にはすでに3分半間隔でした。


ここからトントン拍子、ではあったのですが。


長男の時は24時間微弱陣痛に耐えてからの促進剤で、
「冷静だねー」と言われていたのに、
(単にヘロヘロだっただけだけど)

今回は、超過しすぎて、いつ生まれるかという緊張の糸が切れていて、
頭が追い付かず、急激に痛みが増していく間隔に悶絶。


着いた時は冷静に話す余裕があったのに、
陣痛室に入ってからあっという間に着替えや荷物を取るのもままならなくなり、
「1人目より痛いなんて聞いてない!」
と助産師さんにぼやくもスルーされ。

子宮口の開きを待ちながら、孤独に痛みに耐えること1時間半。
途中で破水し、子宮口8センチほどで分娩台に移動したものの、
子宮口の開きが追い付かず、いきみを逃すこと(体感では)約1時間。


ようやく、「いきんでいいよー」となったものの、胎児がおりてくるのがゆっくりで、なかなか出てこず、さらに10回ほどいきんだところで。
やっとあと数回で産まれるかな、いうところまで漕ぎ着ける。



ところが。


当直医(深夜だったので)の先生がなかなか来ない。
ピッチを鳴らし続ける助産師さん。
えー、来ないまま産んじゃう系?と不安になる私。

先生が来る直前、頭が産道を通過したのがわかり、同時にものすごい激痛。
同じくらいでようやく先生が到着し、まもなく「頭が出たよー」と助産師さん。


産まれたー!!??

と思いきや。


そこから胎児の肩?が引っかかり、
まさかの「もう一回いきんで!」と言われ、
4人がかりで引っ張られることさらに数回。



深夜3時前、
ようやく無事に長女の産声が聞けました。



病院についてからは3時間ちょっと。
時間だけ見れば早かったものの、
産んで最初の感想は、

「あー、やっと出てきた……」 

でした笑。




●母、ICUに送られるの巻。


経産婦だから産まれるの早いし安産だと勝手に思ってたけど、
そんなのは、やはり個人差のようで。

まさかの地獄は産んでからでした。

さらに生々しい系の話なので、苦手な方はスルー推奨します。






とにかく無事に産まれてよかった。
と、安堵していたのですが。


急激にお産が進んだのと、私のいきみ逃しが下手だったのもあり、子宮や会陰の傷が大きく
長男の時には感じなかった産まれる直前の激痛は、そのせいでした。


後産で胎盤を出しながら、
来るのが遅かった当直医の先生が一言。
「会陰も子宮口も挫滅してるねー、かなり縫わないと」



ざめつ? 

挫けて、滅びる、で、挫滅?

何その絶望的な単語。




「裂けてるというより、挫滅」と、繰り返す先生。


隣の部屋から聞こえる長女の泣き声をBGMに、
そこから会陰の縫合開始。
かかった時間、多分1時間くらい。
私の方が泣いてた、マジで。


麻酔はあったものの、そんなの気休めで、
産む前より後の方が大絶叫笑。


「痛いねー、痛いよねー」と完全棒読みで慰めつつ
ひたすらお裁縫に励む先生。


「せめてもうちょっと早く来て会陰切開してたらマシだったのでは」
と、逆恨みしつつ深夜に叫び続ける。
(最終的に子宮口は圧迫止血で済みました)


産んだのにまだ叫んでる、と、
ナースステーションの夜勤の皆さんはさぞうんざりしていたことでしょう。



さらに、自覚はないものの、どうやら子宮の弛緩出血がかなり多量だったようで、
縫われている間もガンガン収縮剤を追加される。

鉄剤や水分を輸液されつつ、
分娩台でそのまま経過観察すること4時間。


結局、「ギリギリ輸血はなし」となりましたが、
そのままMFICU(母体胎児集中治療室)入りが決まりました。


言われた時は、え?ICU?と驚きましたが、

後で聞いた数値は、
産後2時間で約2リットルの出血、
直後の採血でヘモグロビンが7.7(貧血の産婦でも最低9から10くらい)
CRP(炎症反応)は2.4?くらい。

 
ICUで数字を聞いてから、「わーほんとだ重症っぽい」と、心拍が上がりました笑。




とはいえ。
分娩台の上で、産まれた長女を抱っこして写真を撮ったり、初乳をあげたり、
LINEで夫をはじめ数人に報告したりするくらいは元気で。
(写真の顔色がほぼ土なので封印しますが)


胎内をぬくぬくと満喫し尽くした長女は体重も3200g超あり、
元気に泣いて、しっかり丸々健康な様子で、
そのことにとにかく安心しました。





二回目の出産でも、産んだ直後に毎回思うのは、
「本当にこんな人間のミニチュアがお腹に入ってたんだ」という実感のなさ。

お腹の中の胎児=新生児がなかなか繋がらず、
かつ、今回は家族の立ち会いや面会が一切禁止で、
周りとの直接的なやりとりがなく、
入院中は余計に、宇宙人的な新生児と2人っきりの不思議な感覚で過ごしました。




出産記録はこのくらいにして(相変わらず長いけど)。



ブログや会を通じて、妊娠を祝福していただいた方々にやっと報告ができました☻



入院中、眼底検査もしてもらえたので、
そのことについても、近いうちに記録しておこうと思います。



(産まれた時から、爪が伸び放題でした笑)