長男に妊娠を告げたのは、2019年12月の28日。
前日27日が戌の日参りの日で、半休を取り、家族3人でお参りに行った翌日でした。
(本当は予定日からの最速12月15日だったけど大安日曜で異常に混むので避けた)
東京の妊婦のメッカ、水天宮はさらし帯を頂けるのですが、実用性に乏しく笑
持ち込んだ腹帯にご祈祷をしてもらえる職場近くの神社で。
年度末生まれで年少クラスでも一番年下、かつ、通う保育園が年中組と合同保育のことが多く、視力の案件がなくても、甘やかされがちな長男。
今は3歳9ヶ月。
3月にやっと4歳になった途端、翌4月に年中となり、
下の子とは5学年差、年齢は実質4歳差となります。
ちゃんとお兄ちゃんになれるか心配ですが、
最近会話も大人と同じような感じでできるようになりました。
祈祷中も神妙な顔で大人しくしていました笑。
実は、年末の羊水検査で、性別も確定しており、
安定期に入ったこともあり、
これまでは抱っこをせがまれた時などは、
「お腹が痛いから」と話していましたが、
ちゃんと伝えることに。
夫が、プラレールに夢中の長男に、
「大事な発表があるよ。お兄ちゃんになるよ」
「家族が一人増えて、赤ちゃんがお家に来るよ」
と、伝えると、
きょとん、のち、にやにや笑
それから、1月半ばの今に至るまで、
少しずつ、長男の態度が変化しております。
●長男、闘牛化
まずは質問ぜめ。
赤ちゃんはお腹の中で何をしているか。
なぜお腹に窓はないのか笑。
名前はあるか。
いつ出てくるのか。
どのくらいの大きさか。
お腹の中は0歳なのか、などなど。
可愛い質問が次々と。
なるべく、長男の時はこうだったよーという話、
長男が生まれた後の写真や動画を見せたり、
新生児の頃に着ていた服を見せてあげたり
(入院の思い出と相まって処分できずにいる)
自分が生まれてくる時もどれだけ大事にされてきたかを伝えています。
名前がないと聞くと、新幹線の名前をつけて呼び始めたので、
我が家に初めてまともな「胎児ネーム」ができました(ت)
年末くらいから胎動も分かるようになってきましたが、
ボコン!とされて、いてて、となると、
「大丈夫?」とお腹を撫でにきてくれたり、
ご飯を食べて「お腹いっぱーい」と話すと、
「赤ちゃんが『せまいー』って言ってるよ」と話したり、
1月の妊婦健診は、保育園に無理をいって、健診に連れて行き、エコーも一緒に見せてあげました。
(大学病院なので4Dとかはないけど)
それなりに受け容れてくれてはいるみたい。
で
す
が
!
だんだんと、「ママ依存」が増えてきて、
ほとほと、疲弊してきています。
ママじゃなきゃ嫌ー!は、これまでも年相応にありましたが、
最近は、
「ママとずっと一緒にいたい」
「ママ大好き」
「ママがいなくなると寂しい」
と、ことあるごとに言うようになり、
それこそ玄関から駐輪場までの距離でも
「手を繋いで!」とアピールしたり、
外出先でも「ぎゅーってして!」と抱きついてきたり。
スマホをいじったり、他の人と話したりすると怒るようにもなっています。
保育園も、朝、「行きたくない」と、起きなかったり着替えなかったりの頻度が増えました。
夫が送るときは諦めてすんなり行くようですが、
私が送りだと部屋の前でぐずぐず。
(割とすぐ諦めて、その後は楽しく遊んでるそうですが)
うーん、順調に雲行きが怪しい笑
極め付けは、夜。
お風呂はママと、寝るのもママと。
これまでは寝かしつけが夫でもぐーぐー寝ていましたが、ダメになりました。
私が横にいても、超至近距離で抱きついて寝ないと眠れず、
寝た後も少しでも離れると、顔や腕を触って横にいるか確認され、
抜け出していると泣くようになりました。
寝返りは必ずこちらにくっつくように迫ってくるように。
大きめのベッドに家族川の字で寝ていますが、
少し経って気がつくと、私は壁際に追い詰められ、
長男が私の胸の上に頭を乗せており、
さらに時間が経つと、長男が壁際にいて、
私は足元にずれ込んで斜めに寝てる、みたいな状態。
闘牛と寝ているようで、朝起きてもなんだかぐったりしています。
よくある2歳差くらいと違って、いろいろわかるようになっているだけに、
急激な変化に戸惑っているのはわかっているので、
残り少ない一人っ子期間、不安そうな時は甘やかしてはいます。
生まれたら生まれたで、受け容れてくれるだろうとは思っているので、今は耐える時期。
で
す
が
!
普段夜中内職の患者会の準備に多大なる支障が出て、
友人に負担と迷惑をかけまくっており
なんとかリカバリーせねば。
と、いうわけでいきなりぶっ込みますが。
ーーーーーーーーーー突然告知。
案内すらできていませんでしたが、
いつも、遺伝おでん遺伝と騒いでいる会と思われがちのこの怪しい会笑、
今回のテーマは「二次がん、長期フォローアップ」。
乳幼児期に治療が終わることが多く、患者本人の治療の記憶が少ないRBだからこそ、
晩期の不調に備え、正しい知識を持つことの大切さ、
また、親から子へ治療記録を受け継ぐため、
「長期フォローアップ手帳」の試作を紹介します。
1月末くらいまで、お申し込み可能です!
ーーーーーーーーーー告知終わり。
●遺伝性の「きょうだい児」?
長男の赤ちゃん返りあるあるは記録としてのメモ書きですが、
遺伝カウンセリングの過程で、
無事、出産に至った場合、PGT-Mについて、本人(胎児なう)や、長男に告知するかという話が、
ちょろちょろ出てきたことがありました。
長男にとっては「なんで僕だけ余計な病気を引き継いだのか」となるかもしれないし、
下の子にとっては「作為的に選ばれて生まれてきた」と思うかもしれない。
私は隠すつもりはなかったのですが、
まぁ相当先の話なので、結論を出していません。
RBが遺伝していない子と遺伝している子がいる友人に、
「遺伝している子が、していない子を恨んだりしないだろうか」と言われた時に、
上に兄がいる私は、あまり深く考えず、
「私は、自分がRBではなかったらよかったのにと思うことはあっても、
『私じゃなくて兄がこの病気ならよかったのに!』と思ったことはない。
それはもしかしたら育て方や環境によるかもしれないけれど、
それならそういう風に育てたいなー」
と答えたことがありました。
ただ、孤発性(家族歴がない単発のRB)発症の私と兄の関係と違うのは、
長男は「私の遺伝」という罹患の因子がはっきりしていること。
視力やその他もろもろの辛いことの矛先が、私に向くのはある意味自然なことなんだろうなぁと思います。
病気の子が家庭内にいる時に、
その兄姉や弟妹に、治療に伴う物理的、精神的な負担がかかるのが「きょうだい児」の問題ですが、
こと遺伝性疾患の親子間遺伝に関しては、
「遺伝してしまった子」「(たまたま、あるいは作為的に)遺伝しなかった子」の関係、
私と子供たちとの関係はどうなるのか。
時々、「病気や疾患、障害がある子より、健康で健常な子を可愛がってしまう」という世間一般の話を聞きますが、
今はうんざりしつつも、長男が可愛くて可愛くて仕方なく、
逆に「遺伝して負担をかけてしまっている長男の方に私が過干渉になるのでは」
という不安もあります。
思い入れや、深層心理としての罪悪感、同じ病気という親近感?
まだまだ先の話とはいえ、少し不安です。
ていうか、まず無事に産んでから考えろって話ですよね。
ひとまず、今の心境として雑に残しておきます。

