2024.10
年代順にまとめました。
ここ数年、寝ても覚めても、この問題に向き合ってきました。
私個人としては、全く隠す必要性を感じません。
RB罹患は誰の(私の)せいでもないし、長男への遺伝も、私が悪いことをしたからではない。
遺伝性疾患の患者が次世代への遺伝に関して悩むことや決断する事に関して、
こそこそしなきゃいけない理由なんて1つもないと思っています。
ですが。
正直、内容によってはすでに私だけの問題ではない項目もあり、
当面はアメンバー限定記事とさせていただきます。
<長男出産まで>
2015年 2月 結婚を機に国がん遺伝子外来受診、遺伝カウンセリング・遺伝子検査
2015年 4月 結婚
2015年 8月 長男妊娠が分かる
国がん遺伝子外来受診、遺伝子検査結果を聞く、妊娠報告
2015年 9月 都内の大学病院で羊水検査→胎児の染色体検査及び遺伝子検査
2015年11月 大学病院で羊水検査の結果を聞く、長男への遺伝発覚
2016年 3月 出産、長男のRB発症確定診断、治療へ
※遺伝すると知ってから長男への遺伝発覚までの過程はこちらにまとめてあります。
<長男治療中>
2017年 5月 大学病院受診、着床前診断(PGD=PGT-M)の臨床研究申し込み
2017年 9月 大学病院受診、遺伝カウンセリング
ブログを始める、
同じくRBでPGT-Mを考えていた友人と知り合う
2017年10月 大学病院受診、遺伝カウンセリング、PGT-M経験者のお話を聞く
2018年 2月 (患)遺伝性RB患者の着床前診断に関するアンケート実施
<患者会発足後>
2018年 3月 (患)RBを経験した成人患者向けの経験者の会(患者会)設立
大学病院受診、主治医以外の先生とも意見交換、大泣く。
卵巣嚢腫の手術を決意
(患)遺伝性RB患者が日産婦へ着床前診断申請、補足資料として会のアンケート提出。
2018年 6月 (患)申請した着床前診断が非承認に
2018年 7月 大学病院にて卵巣嚢腫摘出の腹腔鏡手術、退院
2018年 8月 (患)日産婦に質問書提出
(患)Fクリニック受診、遺伝カウンセリング
大学病院受診、術後外来
2018年10月 大学病院受診、術後外来
某クリニック受診、AMH検査(8.3と30際以下水準の数値)
2018年 2月 某クリニック受診、1回目の採卵周期へ
2018年 3月 1回目採卵、13個採取→5個胚盤胞を凍結保存
(患)日産婦より質問書の回答書を受け取る
→日産婦のPGT-M対象疾患の適用拡大の可能性
大学病院受診、同病院での着床前診断申請を諦める方向を決める
某クリニック受診、2回目の採卵周期へ
2018年 4月 某クリニック受診、2回目採卵、24個採取、12個胚盤胞を凍結保存
2回分の胚盤胞計17個について、海外機関でのPGD検査実施依頼
現状で申し上げると、長男を産む前の2015年から模索してきた、国内での着床前診断。
もしかしたら、というところまで進展がありました。
が、紆余曲折あり、私はその申請をせず、別の道で次子の着床前診断を行う見込みとなりそうです。
葛藤はたくさんあります。葛藤だらけです。
生殖医療そのものへの葛藤、「命の選別」といわれることへの反発や自問、
ずっと求めてきた国内で正規の道(=日産婦)への申請とは別の道は、社会的に正しい道なのか?という批判、
長男への遺伝で味わった打ちのめされるほどの絶望感、治療の間の苦悩、
時間が経つごとに増す加齢による妊孕性低下と二次がんへの不安、
そんな中で、やっと、今年に入って、正攻法での道筋に光が見えたと同時に、
私の場合は、と、消去法で道が決まった、という次第です。