いきなり小学生の感想文みたいなタイトルですが、ちょっとはき出し。

つられかなしいに注意して、元気のない人は見ずに戻りましょう。

 

 

最近、3週間ほど夫が海外出張でおらず、完全に短期シングルマザー状態。

時短ではありますが、話し相手だった仲のいい先輩が部署異動してしまったり、

仕事量が増えて、バタバタでミスをしたり、

長男の風邪で有無を言わさず有休で、その後自分もうつったり、

はたまた患者会関係でいくつか嬉しいことがあったり、

メンタルのアップダウンが激しい日々でした。

 

そして、今日。

最近岐路に立っていた今後の私の人生の方向が微妙に変わるかなーどうかなーというような出来事があって

その衝撃については覚悟をしていたので、ソッコー友人に話して自分の中できりをつけていたのですが。

 

 

そんな日の夕方。

保育園に長男をお迎えに行って、自宅マンションの駐輪場に自転車を止め、

かごから下ろした保育園バッグを長男に「ちょっと持ってて-」と渡した時、突然。

 

長「ぼくは、今お荷物持っていて重いから、ママが抱っこしてって言っても、重くて落としちゃうからね」

と、のたまいました。(バッグは着替えの服しか入っていないので超軽い)

 

私「え?ママが抱っこするんじゃなくて、ママを抱っこしてくれるの?」

長「うん、でも今は重いから落としちゃうから、抱っこしてっていわないでね」

 

胸の前でカンケンミニを抱きかかえたまま突然偉そうな長男に、内心にやにやしつつ、

 

私「じゃあ、おんぶならできるんじゃない?」

長「・・・いいよ」

 

というので、長男の後ろに覆い被りながら、マンションのホールまでじゃれて行きました。

 

私「重かった?」

長「ぼくは力持ちだから大丈夫」

(まぁ私自力で歩いていたので当たり前)


でも、30年後(私が生きてたら)、本当に背負ってもらってるかもなぁなんて思ったりして、

その後、夕食を一緒に食べているとき。

 



テレビで池上さんの宇宙の番組が流れていました。

アームストロング船長が人類で初めて月面着陸した時のエピソードをドラマ仕立てで紹介していて、

つい、ガン見する私。

以降も、会話形式でお楽しみください(笑)

 

 

長「ママ-何見てるの?」

私「お月様に旅行にいった人の話だって。ロケットでびゅーんってお空を飛んで、お月様を歩いたんだって、すごいね」

長「ふーん」

 

ちょうど昨日、久々に雲のない晴れた夕暮れの帰り道で、三日月を指さして「お月様だー!」といったので、

私は内心「ああ、月は見えるんだな」と思っていたところでした。

 

長「なんでお月様に行くの?」

  (最近全てのことに「なんで?」をつけるお年頃です)

私「なんでだろうねぇ、なかなか行けないから行ってみたくなったんだろうね。ママは怖いから行かないけど」

  (米ソ冷戦時の宇宙開発合戦がきっかけですが無粋ですので)

  (もし宇宙旅行ができたとしても、義眼にGがかかると超痛そう)

 

しばらく考えこむ長男。

 

長「じゃあ、ぼくもロケットに乗って、びゅーんってお月様に行く-!」

私「わー、すごいじゃん」

長「ロケットが月に行きたい-っていうから、分かりましたーって、運転するの」

私「そっかー、超かっこいいね」

長「ママも後ろに乗っていいよ!それで、お月様の駅についたら、降りてね」

私「つれてってくれるんだ、ありがと。楽しみにしておく!」

 

途中から、あまり深く考えずに適当に答えるモードに切り替えました。
バカみたいに泣きそうだったので。
 
 
長男は宇宙飛行士にはなれません。
 
見えている方(右目)の、主治医の診察による推定視力は0.1。
左目は光覚弁(光を感じる程度)。
左目が動注で見えなくなる前は、そもそも右目は黄斑形成不全=ほぼ見えていないといわれており、
確かに当時は、右目だけだと何も反応しない状態でした、
 
実際は、絵本やおやつの袋の数字を読んだり、遠くの電車の路線名を叫んだり、
0.3~0.4は見えていそう。
でも絵本はかなり右目を近づけてみています。
同じ保育園の子が、遠くから私の顔をみて「○○ちゃんのママ-!」というのに、
長男は数メートルにまで近づかないと気づかないことが多いです。
視野も狭そうだなぁと思ったり。
 
長男は宇宙飛行士にはなれません。
大好きな電車の運転手にも、
車の免許を取ってドライブもきっと無理。
 
そう思う度に、浮かぶのは、
「長男の可能性を奪ったのは、私だ」
ということ。
 
いや、そもそも宇宙飛行士になれる頭じゃないでしょwとか、
2~3歳男子の半分くらいが電車好きで、実際運転手になる人なんてそういない、とか、
長男が大きくなるころには、自動運転で余裕でしょ、とか、
 
いつもはそんなお茶を濁すような「いいわけ」を考えてやり過ごすんですが、
今日はいろいろあった上に、夕方の会話で、長男が大きくなった頃を想像した反動もあって、
かなりセンシティブに反応してしまいました。
 
どうして、遺伝しちゃったんだろう。
どうして、視力を守れなかったんだろう。
私や長男がなにか、悪いことをしたわけでもないのに。
 
視力のハンディが及ぼす、日々の小さな不自由さ、
情報に対するアクセシビリティが圧倒的に不利なこと。
 
私はまだ見えている方だし、負けん気で跳ね返すという意地もあるけど、
無邪気で無限大の可能性をもっているはずの長男に、
そのハンディを負わせたのは私だ。
 
他の能力を伸ばせばいい、とか、もっと重病/見えない子もいる、とか他との比較はどうでもよくて、
「選ばない」と「選べない」は全く違う。
可能性や選択肢を狭めさせたのは、私。
 

ただの(もうすぐ)3歳児のかわいいおしゃべりだったはずなのに
久々に、打ちのめされました。
 
あーつらかった。かなしかった。
吐き出し終わり!
 
 
 
そんな日もたまにはありますが、
もうすぐ3歳の2歳11カ月。最後の治療が終わってちょうど1年。無事に過ごせています。
そして、親ばかですが、うちの長男はそこそこ天才でもあります(笑)
 
まだおむつはとれないけど、足し算を覚えました(指やボールを並べて数え上げるだけだけど)
相変わらず落ち着きはありませんが、日常会話や理解力は2歳児とは思えないほどしっかりしていて、
だからつい、私も言葉で叱ってしまうけど、まだまだ甘えたがりのちびっ子です。
 
先日、寝る前に私「に」ぺらぺら話してくれた創作ショートショート(連作だったので録画した)を紹介して、寝ます。
 
「むかーしむかし、あるところに、○○(最寄りの私鉄名、西武とか阪急とか、そういう類)がはっしゃしていました。
ところに..・・ところでは・・・(『ところが』って言いたい)、○○ねむたいのです。
そして、ねんねして、おきて、なんか京浜東北線が『あさですよー』ってなんかいってくれました。
そこに、○○ごはんつくって、でんきつくって、でんきたべて、ごちそうさまして、おりたのです。おしまい」
 

「降りたのです」は、私が毎朝、「朝ご飯終わったら椅子から早く降りてー」と洗面所から叫ぶせいです。
よく喋るのは誰に似たのか。(おまえだ)