1歳を過ぎた5月、陽子線のために入院した病院で、γ-globulinを輸血した長男。
退院後に、きちんと確認せずに予防接種を打ってしまったのですが、γ-globulinの輸血後半年間は抗体がつかないということを先日知り、前回の入院で採血した時、抗体の検査をしてもらっていました。
検査科の時間ギリギリだった関係でできたのは風疹麻疹のみだったのですが、結果は風疹±0、麻疹はマイナスだったそうで、やはり付いてない。
次の入院の1週間後に、生ワクチン系(麻疹風疹水ぼうそうおたふく)、全部やり直しかなぁと思っています。
ただでさえたくさん針を刺されてるのに、ごめんよ我が子…。
自費だと一本打つのに2万円!とか掛かるそうで、かかりつけの小児科の看護師さんが、「区役所に掛け合ってみたら、なんとかしてくれるかも!」と私より真剣に勧めてくれました。
そのことに加えて、原因不明の咳と喘鳴がなかなか治らず。
熱も出ず、本人は苦しそうでもないのですが、1ヶ月以上続いているので、ハウスダストのアレルギーに誘発された喘息様気管支炎を本格的に疑い始めています。
掃除から見直そう、と、日々ちまちま掃除する日々。
前回の手術で、全身麻酔のための挿管の時に、やはり呼吸器が荒れていてなかなかうまくいかず、ステロイド系の吸入薬を使ったとのこと。
治療にも、この先どうなるかわからない不安にも、慣れてきたつもりですが、
やはり、疾患そのものの症状以外にも、毎月乳幼児が全身麻酔をかけるリスク、
入院前になると感染症が怖くて外にも出してあげられないこと、
様々な負担がなんとなーく、今の日々を曇らせているんだと思います。
と、いいつつ、前回の入院からこの2週間、夫の出張で文字通りシングルマザーだった私。
仕事の本格復帰と重なり、まさに怒涛の日々でした。
起こして食べて家事して保育園に送って仕事行って、走って帰って迎えに行って食べて寝かせて家事して寝る。
それ以外の書類書きとか、仕事に関わる勉強とか、何もできる余裕がなく。
職場は長男の治療のことも、勤務形態にも最大限配慮してくれて、復帰した部署の先輩もいい人で、本当に恵まれているなぁと思います。
だからこそ、仕事で貢献できないことがストレスにもなり、それも憂鬱の原因の一つだろうなぁ。
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そんな、憂鬱と多忙の狭間で。
闘病を友人知人に公表することについて、つらつら考えています。
付き合いの長い学生時代の友達は、私の病気のことも知っていて、長男に遺伝して治療してるということも、なんとなく伝えています。
特に昨年までは、毎月治療で関西と関東を往復してたので、入院後の外泊のタイミングで友人にあったりもしていました。
ただ、おそらくこれほど長期間、スレスレの橋を渡りながら治療しているとは思っていないかもしれないです。
幸い、現在までは両眼の温存が出来ていて、右眼の視力は期待できないと言われている割に、斜視もほとんどなく(たまに内斜視に見える時もありますが)、
事情を知っている友人や会社の上司にあっても、向こうが拍子抜けするくらい、普通に見えると思います。だから余計に説明のタイミングを逃しているのかもしれないけど。
別に隠すべきことと思っているわけではないけれど、必要以上にひけらかして心配させるのも、本意ではない。
とかいいながら、子供のいる同級生たちが何人か集まる場はなんとなく行くのが億劫になったり。
多分、なんの心配もせずに(子育てにそんなことないのはわかっているけど)子供の成長を見守ることができる人々の中で、普通に振る舞うことが、地味にダメージになるからなんだと思います。
詳しく伝えてないのは自分なのに。
詳しく伝えても治るわけじゃないし。
同情されたいわけでも労われたいわけでもない。
自分でもよくわからない複雑な感情です。
一度、経過観察になった時に、同時期に出産した一番仲の良い友人に「やっと経過観察になったー」と伝えて、一緒に喜んでもらったのに、
その1ヶ月後に再発したことは結局言えていません。
知らないでいてくれた方が、余計な気を使わせずに、会っても楽しく遊べるし、と思うこともあれば。
結局、5歳過ぎるまで原発腫瘍の再発の可能性はあるし、
陽子線の副作用、10代に入ってからの二次がんのリスク、そういうものを考えると、諸手をあげて、「完治した」と喜べるということはないんだろうなというのは判っていて。
実はこんな治療をしてたんだ、と笑って報告できる日が明確にくるわけではないなら、
今の現状や苦労を知ってほしいな、とも思ったり
。
理想は、全部明るくさらけ出して、
でも大丈夫だよー頑張るし!あっはっは!
といいたいんだけど。
生まれ持った根暗な性格では、もうそういうの無理っていうのがようやくわかってきたので。
30半ばになってやっとかよ!(笑)
そこは諦めてます。そういうキャラにはなれない。
今年は、治療の点でも大きな決断が何度もあって、その過程で、同じ小児がんと闘う子どもやお母さんたちや、遺伝性疾患を持つ患者の方と知り合う機会が多く、この病気と付き合って生きてきた自分の中でも、心境に大きな変化がありました。
だから、思い切って、友人みんなにぶちまけてみようかな、と、そんなことも考えています。
闘病って、嫌な字面ですが、苦しいことや辛いことだけではなく、意外と楽しいことや嬉しいこともあったりして。
でも、普通に日々過ごすことができている子供達と、色々な病気で闘っている子供達との差は、物理的にも精神的にも大きくて。
好きで病気になる人は誰もいないのに。
病と向き合ううちに、勝手にどんどん日陰に追い込まれていくようで。
みんなと日向にいる時も、自分だけ影の中にいる気がして。
やはり、そういう状況を知っていてもらいたいのかもしれません。
せめて、心の距離とか、社会の理解とか、そのギャップがもう少し埋まれば、
治療をしている人たちの、理由のない後ろめたさみたいなものは、少しは解消しないかなぁ。
アクションを起こさないとリアクションは返ってこないわけで。
経験しなければ辛さなんて分からない、というのは真実ですが、
想像して、寄り添うことはできる。
私のような心の狭い人間ごときでも、その位は分かるのだから、それを知っている人間は世の中にたくさんいるはず。
心がギスギスしている今だから、それを心に留めておきたい。
取り留めのない話でごめんなさい