今日も、日中の気温は35°Cを越えていたようだ。
陽が落ちても、昼間の熱が冷めないまま、むせ返るような暑さが続く8月の夜。よくエアコンの効いた涼しい部屋で、イェソンはソファーに座ってバスケットボールの試合を観ていた。
隣りでは、ビスケットを2枚食べたリョウクが、食べかけの3枚目を手に持ったまま寝ている。
バスケットボールには興味がないのだ。
というか、スポーツ観戦、特に球技には関心がないように、イェソンは思う。何といってもリョウクは猫だから、バスケやサッカーのようにボールを追いかけるスポーツは見ているだけでも本能的に血が騒ぐんじゃないかと考えていたのだが全然そんなことはないらしく、こうやって自分がテレビで試合を見始めると、だいたい寝るかどこかに行ってしまうことがほとんどだった。
今日も、初めは一応テレビを見ながらビスケットをかじっていたものの、15分もしないうちに退屈そうに横になってしまった。
そして今、ひざ枕ですうすう眠っているリョウクの頬に手のひらを置くと、指先に温かい息づかいが感じられる。
そりゃ、お互いに興味があって一緒に盛り上がれたらもっと楽しいだろうけど、仕方ない。まぁ、気まぐれに別の部屋に行ったりしないでそばに居てくれるだけでも…いいか。と思ってその頬の感触を楽しみながら、イェソンはリョウクの顔をそーっと撫でた。
全然起きない。
微動だにしないので、最近ちょっとぷくぷくしてきた頬を摘んだりしながら眠っている顔を前からのぞき込む。すると、時々無邪気にイェソンの鼻先をくすぐってくる長いまつげと紅い薄い唇が目に留まった。
起きてる時も可愛いけど、眠ってる時も可愛いなぁ。
イェソンはつくづくそう思って、穴が開くほどリョウクを見つめる。起きている時にここまでしたら、つーんとした表情で睨み返されるのが落ちなので、今のうちにと思う存分触りながら凝視する。
リョウク……
おとなしくしていると本当に可愛い。見た目とか手触りとか、純粋に可愛いだけのかたまりだ。
だんだん頬だけでは物足りなくなって、イェソンはもう少し下の方に手を伸ばした。左の耳たぶから首すじに指を這わせると、リョウクがうぅんと体を震わせる。
何だか、バスケットボールの試合どころじゃなくなってきた…
…と、感じていると、
「ヒョン、」
えっ。
「ヒョン、そのクッキーちょうだい。」
聞き慣れた、落ち着いた声が耳を掴む。
何だ?と思う間もなく顔を上げると、リョウクを間に挟んでソファーの隣りに座っていたキュヒョンの不敵な姿があった。
『キュヒョン… 』
頭がついて行かなくて、イェソンはぽかんとする。
一瞬、なんで…と頭が混乱したが、あぁ、今日うちに遊びに来てたんだったな、と思い出した時には、
「もういいや、自分で取るよ。」
キュヒョンはふふんと笑って手を伸ばし、眠っているリョウクを起こさないように、しっかり握っていたビスケットを巧く取り上げていた。
さっきまで光の速さでタブレットを叩いてゲームをしていた綺麗な指がビスケットを摘んで口に運ぶ様子を、イェソンはぼんやり眺める。
キュヒョンが居たことを、すっかり忘れていた。危ない危ない(何が)。
こうやって家に遊びに来て同じ部屋に居ても、キュヒョンと自分はお互いを気にせずそれぞれ好きなことをして過ごしているのがほとんどなので、ついその存在を忘れてしまう。なんて言うと、ずいぶんとキュヒョンをぞんざいに扱っているように聞こえるかもしれないがそういうわけではなく、一人の時間を大切にしているイェソンにとってずっと一緒に居ても自分のペースを邪魔されているような気にならず、普段通り落ち着いて過ごせる数少ない存在なのだ。
「ヒョンも食べる?」
イェソンがじーっっと自分を見ている視線を感じて、キュヒョンは特に気にせずビスケットを半分こに割る。へんな空白の時間だが、時々思考が止まったようになる、このヒョンの謎の言動回路には慣れているので、どこか別の世界に行ってしまったような空気もたいして苦にならない。初めにリョウクが三分の一ほど食べていたので、ちょうど3人で三等分という感じに分けられたビスケットのかけらを差し出すと、
『んっ、要らない。食べない。』
我に返ったイェソンはあっさりと断った。
あー……。元々、お菓子や甘いものなんかを食べる人ではないのはわかっていたけれど…。
こういう時にちょっと気を遣って、受け取るだけでも受け取ろうとするのは3人の中では自分だけだろう、とキュヒョンは思う。多分これがリョウクでもヒョンと同じで、欲しくなければ要らないと言って終わりにするタイプだから。
「あっそ。」
やれやれ。キュヒョンは口もとに笑いを浮かべたまま答えて、残りを食べた。
味がしない。
「おいしくないね、これ。」
『ん、あぁ…。リョウクが、そういうのが好きなんだ。味が薄いっていうか、あんまりしないやつが。』
「ふーん。」
猫用クッキーというわけではないだろうけど、と、口を動かしながらキュヒョンはリョウクを見る。子供っぽい舌の自分には共感できない食の好みだが、切って茹でただけの野菜や甘味のないヨーグルトなどをおいしそうに食べたりしている姿を何度か見たことがあったから、こういう体に良さそうな…味付けの薄そうなものが好きなんだろう。
とはいえ、食が細いというわけではないので、ほどよく肉付きのいいリョウクの太ももの後ろ辺りを撫でながら、キュヒョンはその寝顔を見つめた。ほっそりした白い指をゆっくり這わせてくすぐると、柔らかい前髪の隙間からのぞく眉根を寄せて、んん…と呻くのが聞こえてくる。
嫌がってるのかな。気持ちいいのかな。
それでも手を止めずに触り続けると、リョウクは小さな可愛い声で、
「ヒョン…… 」
とつぶやいて、イェソンのひざ枕に顔を埋めてしまった。
思わず、キュヒョンはイェソンの顔を見る。
「……。」
『…何。』
ちょっと驚いたような、言外に何か含んでいるような表情を向けられて、イェソンも思いがけない展開にちょっと驚いたような、どことなくうれしそうな声色で返す。
ヒョン、って……。
リョウクは猫だから、こうして愛撫され慣れているのはおかしなことじゃないけれど、
「……やらしい。」
キュヒョンは思わず正直な感想を口にした。
** つづく **