僕自身も障がい者の一人であることを前置きしておきますね。
沖縄に戻って来る以前、
身体障がい者と視覚障がい者専門のデイサービスで、
仕事をしていた記録が残っています。
講座を受け持ち、歌集を作ったり、オカリナを教えたり…。
それによると…
脳梗塞で下肢麻痺になり車いすを使用なさっている方や、
半身麻痺で杖を使ってらっしゃる方の中には、
いつも怒ったような顔をして、またとても怒りっぽい方が多かったとあります。
(あくまで僕の記録ですよ)
始めた当初は、非常に戸惑っていました。
僕は、教える立場であっても、叱ることはしません。
そういう方にも、対応を変えることなく笑顔で接するように努めていたそうです。
「ここの利用者…短気なヒト多いな」そう感じながら。
ある時、そのことをボランティアの方にこぼしたことがありました。
教職を定年退職されたあと、長年にわたりボランティア活動をされていた、
ちょうど母と同世代の女性の方でした。
彼女が教えてくれました。
「人間が一番最後に残る感情は“怒り”なんですよ」
「だから、これはその人の“性格”ではなく“症状”なんです」と…。
確かに僕自身も、最近になって「怒り」を自覚してきました。
気づかない頃は、母に「そんなに怒んないでよ」と言われても、
「怒ってない、自分がどういう状態か解ってもらいたいだけだ」と言っていました。
しかし、それは確かに「怒っていた」のです。
人の話や言葉をすぐに理解できない僕に、
畳み掛けるように質問をしてくる健常者である母に対して、
僕は「パニック発作」を防ぐ最後の抵抗として、怒っていたのです。
人間が持つ感情が、すべては備わっていない僕に残っている感情は、
「怒り」「憎しみ」「悲しみ」と言ったものでしょうか…。
「楽しい」「好き」などは、未だによくわかりません。
客観的に相手の行動や言動を聞いて、「好きな人」や「嫌いな人」はいますが、
それが本当に、本質的な感情であるかどうかは自信が持てません。
自分が今、やってる全てのことは「楽しい」からとか「好きな」ことだから…ではなく、
出来ることだからやっているだけに過ぎません。
「性格ではなく症状」
当事者である僕にとっても
周囲に分かって欲しいなあと思う事です。
photo : Expression... / HelloImNik
