さて、仕事はどうなったかというと…忘れていなかった。


躊躇なくスコアを読み、楽器を手にすると自然に指が動く…。

当たり前のようにこなせる自分に自分がびっくり…。

ほかの記憶の引き出しは開けようとしても開かないのに、

この引き出しだけ鍵がかかってないような…そんな感じ。

「とりあえず仕事は続けられる…」そう思って安心した。・・・実はちょっと泣けた。

また、教えたチームは、コンテストで県代表になった。

そんなわけで…相変わらず記憶は欠けたままだけど、今も普通に暮らしている。

友人や知人など交際範囲が分からないから、「メアド変わりました」という口実でメールを送って、

その返信で距離感や新密度を推測したり…。


母親はすぐに分かった。

ポツポツと定期的に残っている同姓女性への発信履歴…この人だけはメアドがなかった。

メールをしないと言うよりは、それが使いこなせない年配の人だと思ったからだ。

記憶のことは、さすがに言えなかったが、今年の春頃、電話で話してる中で母親がボソッと…

「あんたは今までずっと、私の誕生日には毎年必ず、電話でオメデトウって言ってくれたのに、去年と今年はそれがなかったから、とても寂しかったよ」

そう言われて、その時にやっと白状した。

父は数年前、母の誕生日に他界していた。

二重に親不孝…。

でも、一人ではないと言う安心感が今の自分を支えてくれている。



photo : Mobilephone by blacklord