鐘の鳴る 295~307 | BED

鐘の鳴る 295~307

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 水中の巨大な影は筏の斜め下にとどまっていた。サルは水面に顔をつけてみた。巨大なイカの目玉がこちらを見ている。―ブファ。サルはたまげた。
 すかさずモモと賊がのぞいてみる。イカの目は確かにこちらを見ているように見える。まばたきしたようだった。イカの全長は沈んだ中型船よりも大きい。
「すごいでかいぞおおお」
「おれもはじめてだ。ダイオウイカは。船を沈めたりするって話に聞いたことある」
 モモは水中をのぞいていた。イカは白く透明。左右のヒレをなびかせている。顔を上げてモモが言った。
「おれたちに何か用なのかな。あれでぶつけられたらこなごなだね」
「食べてほしいんじゃないの。漂流ご苦労様あってさ。うまいのかな刺身とか」
「どうだろ。あんまうまそうな面には見えない」
イカはゆっくりと筏の真下につけた。―「真下にきた」
浮上してくる。―「おいおいおいおい」
 イカは浮上してその頭部に三人と筏を乗せた。俯瞰すれば筏の左右両側に目玉がある。
「あんま食べるとか言わない方がいいんじゃないのか。赤くなってるぞ。イカ」
「あホントだ。赤いわ」
「なら焼いて食っちまおうぜえ。味付けは君よろしくう」
イカはその触腕を筏の左右両側の水面上に突き出してきた。三人は驚きの声を上げた。さらにイカの手は両側からくねりながら近づいてきた。
「うわうわうわうわああ」
/
 イカの一方の手が筏を押さえてきた。その手を見る三人。背後からもう一方の手が伸びてモモに巻き付いた。
「うわわわ。ちょっと待ってなにこれ、痛い!吸盤」
サルが刀を抜いた。 ☆295

 やめろ!斬るな!と賊が止めた。チイッ、構えたサルは止まった。顔をしかめているモモを見た。イカの手はモモを持ち上げる。
「わあああい。高い高~い。高い高~い、い、い痛い痛いよ!吸盤がっ」
 持ち上げられたモモは筏から海上へ連れていかれた。
「どうすんだよ、おい賊」
「知るか。おれだってダイオウイカははじめてなんだ」
 モモの足は宙に浮いている。モモが叫んだ。
「イカあ!イカさん!キュッきゅっ吸盤が痛い!聞いてくれ!あなたを食べると言ったのはおれじゃあない!向こうで見ているふたりのうちのどっちかだ!イカさん!おれはイカは食べないよ!ホントに!イカさん!おれは今後もイカを食べないからに!」
モモは巻きを解かれ海面へ落ちた。
「賊よ、ダイオウイカって言葉分かるのか」
「知るか。おれだってダイオウイカははじめてなんだ」

 モモは少し離れた場所に泳ぎ潜って水面下の様子を眺めた。
 太陽の光が水中に射している。それはおちていく。底へと。その斜めの光は白く透明な光線。海の青にゆらぐ。映える。水面下に浮遊する巨大なイカの姿。その下半分は影。水中に射しおちる光線はイカの前後左右にもおちている。その先に広がる海の奥ゆき。光と影の交錯。イカの胴部は太い。そこから長い足が伸びてさらに遠くにまで届くようにして揺れている。海の向こうにまで続くように。揺れている。

 モモは水面に顔を出した。筏にいたふたりはそれぞれイカの左右の触腕に巻き上げられていた。ふたりは懇願していた。潮風がその叫び声を運んでくる。もう二度とイカは食べませんなどとふたりして叫んでいた。
 ふたりは巻きを解かれ海面へ落ちた。 ☆296

 午後の海。続く漂流。
「いつまでいるつもりなんだ、イカさん」
「賊、どうよあんた」
「知るか。おれだってダイオウイカははじめてなんだ」
 筏の真下にダイオウイカの巨大な全身が浮いている。陽に照らされたその体。頭部に筏を乗せるようにしてまったく離れないままでいた。
「気味悪い。なんか不思議と喉の渇きもなくなったし。聞いてるのかな。おれたちの会話を」
「ダイオウイカという言葉の分かる化け物がああ」
「あんま化け物とか言わない方がいいぞ。ほら見ろ赤くなってく」
「あホントだ。赤いわ」
「気の短いダイオウイカなのでしたああ」
「すぐに赤くなるのでしたああ」
ゆっくりと水面下から触腕が立ち上がった。それを見た三人は息を呑む。
「聞いてるよ…」
「高い高い怖あい。吸盤痛あい。イカさん。私。ごめんなさいね」
「私もお。ごめんなさいねええ。ほら。賊、あなたもおお」
/
「知るか。ダイオウイカははじめてなんだ。だから私もお。ごめんなさいねええ」

▲298 ☆297

 三人は指をさし背伸びをして見ていた。指さす先の波間に木箱が浮いていた。
 三人は誰が木箱を取りにいくかの勝負をした。せえので自分の口をふさぐ、片目をふさぐ、片耳をふさぐ、じゃんけん。
 五度目の勝負で賊が負けてのけぞった。筏の下にいるイカの気にさわらぬようにのろりと、賊が泳いで木箱を取りにいく。☆297
 木箱は両手に抱えられる大きさで。上部は蓋になっており開けられるように金具されていた。しっかりと防水されている。男の手によるものだと思える。
 開けてみれば黄白色の布に巻かれた桐箱。紫と赤のひもで十字に結ばれている。女の手によるものと感じられた。
 桐箱を開ければ口を封された六つの白い瓶と大きめで深い六つの杯が入っていた。杯はそれぞれ赤、白、黒、青、緑、黄の色。書状が添えられていた。
 三人は読んだ。こうある。

鐘の鳴る

鐘の鳴る

海に山にその丘に

鐘の鳴る

鐘の鳴る

あなたの暮らすその場所に

あなたの眠るその場所に

鐘の鳴る

鐘の鳴る



鐘の鳴る

鐘の鳴る

 女の字。署名はない。その表装はすべてが品格あるものに感じられた。/
 瓶の中身は酒らしい。何も疑わずにそれを飲んだ。酒だ。うまい。それぞれに杯を取り。モモは赤、サルは青、賊は黒。
 この漂流と真下にいるダイオウイカに乾杯した。 ☆298

 夕暮れ。西の水平線に積乱雲が-白く明るくわきたっている。
 海が揺れる。その風。東には黒くたちこめた沖の雲が低く動いていく。/
 太陽の-横を細く長く垂れた白い雲が-流されていく。三人も見ていた。波に揺れて。酒を飲む。

 その夕陽をイヌも見ていた。いつもの屋根の上で。草原と林。遠く森の影。
 酒を飲む。思い出される―。
 集落のおとなたちに交じってイヌものぼった。上流へと。細長い何かを包んだ袋を持って。イヌは途中で姿を消した。隠れておとなたちのあとを追っていく。伐り出しの場所へ。

 海洋へと沈む夕陽。鳥が横切る。

 上流の山々は小雨となり薄霧に包まれていった。おとなたちは伐り出しを終えて休んでいる。イヌは降りていった。流れる霧と一緒に。おとなたちはイヌを見た。

 野の林。森。飛んでいく鳥。夕陽にすべては影絵のように映り。イヌはそれを見つめる。
 サルとモモも見つめていた。沈みゆく太陽。海の風に吹かれて。波が揺れる。

 イヌは斬りかかった。おとなたちを次々と斬り刺していく。ナタや斧と戦った。逃げようとした者の背にも斬り刺した。走りいく者を追いかけて殺した。馬乗りになり。血に濡れて。

 太陽がにじむ。泣いているように。赤く燃えて。燃えているのに沈んでいく。非情な。

 霧がすべてを包み込んだ。振り向いていたイヌは河べりを下っていく。/あとに残された死体たち。
 イヌは集落に戻り長の家の戸を開けた。入っていく。しばらくして若い男女が走り出てくる。その戸からイヌも出てきた。血に染まり出てきた。
 悲鳴と絶叫が山合いと集落にこだました。

 イヌは人殺しだ。それはサルもモモも同じ。 ☆299

 夜。ダイオウイカは強烈に発光した。体全身。光ったのである。ゆっくりと光り、ゆっくりと消える。それをくりかえしていた。海中と海面を照らす。真下からの光に影となる筏。その上に焚き火が燃える。
 ダイオウイカの光にはたくさんの魚が寄ってきた。筏とダイオウイカの間の海中に魚たちが回遊しはじめる。水面をのぞく三人。その顔をイカの光が照らしだす。
 三人は刀をモリのようにして魚を突いた。競い合う。
 モモの鞘の紋章をサルは再度横目に確認した。ツジ南門の屋根にいた男の顔が頭に浮かぶ。
 突きあげた魚をさばく。刺身にして食べる。腹も落ち着く。酒はまだある。
 夜の海。次々に盛り上がりきては去る波波。筏は上下に浮遊する。周辺はイカの光で明るい。焚き火の炎もゆらめく。筏にあたる波の音。不思議な夜の空間。
 沈んでいった中型船にダイオウイカが反応したのだろうと賊が言った。ダイオウイカが夜に光るなんて聞いたことがなかったとも言う。
「海底にいたのを驚かせたのか。人間の船なんて珍しいもの見れてよかったじゃないさ、イカ」
「しい。気をつけろ。聞いてるぞ」
 モモは流れ着いてきた書状を見つめている。
/
 焚き火に昼間干した木っ端をくべる。
「ダイオウイカに遭遇するなんざ二度とないことだ。しかも離れないでいる」
「そのうえ光ってますうう」
「こういった事象をどう見るかだ。桐箱の酒と書状といい。こいつはもう普通じゃない。これは吉事なのか、凶事なのか。タロウさん。あんたどお見るよ」
モモは即答した。
「何かつながっているように思える」
夜の真っ黒な大洋。点滅して輝く白い光。そのダイオウイカの頭部に筏は揺れる。 ☆300

 日が昇るのはまだ先。けれど夜の終わり。空の色が変わりはじめる頃。暗い朝の海に筏は揺れている。
 焚き火はくすぶっている。あぐらをかき頭を垂れて三人は深く眠っていた。ゆっくりと黒く盛り上がる波。筏の下をとおりすぎていく。
 モモがぶるっと身震いして起きた。薄目を開けて首をまわしてみる。遠くに船を見た。こちらへ近づいてくる。三人は大きくした炎の横と後ろで手を振った。助かった。

 やってきた船は昨日、モモとサルが港から乗って離岸した大型船である。船に乗っていたのは置き去りにしてくれた副船長と船乗りたちだった。
 聞けば船乗りたちは見捨てたのではない。ただ逃げただけだと言った。客を行き先へ届けるのが自分たちの商売。それを優先させたまでだと言う。
 乗客は全員が無事に予定の港に着いたそうだ。ひとりも欠けず。家族ぐるみで乗っていた者たちはモモに感謝しているらしい。彼らが副船長と船乗りたちにモモを捜すようにと強く願い迫った。
 副船長は客を目的地に届けたあとには捜索に出向くつもりだった。などと言っているが本当はどうかな。とにかく見つかる確率は三七で見つからないと見ていたそうだ。賭けにされていた。
 真夜中の終わる頃に船を出し港を発った。しばらく進むと遠洋の暗闇に点滅する白い光が見えた。それがモモたち三人だった。あっけなく見つかった。
 船頭たちは賊の奇抜な風体に一歩引いた。☆301 賊は骨太な体格。着衣は黒ずくめ。首と腕に数珠らしきを幾重かにして巻いている。肩まで伸びてはねた髪。肌は浅黒い。垂れた目尻。太い鼻筋。大きな口。割れたあご。若い。★304
 縄で縛るかと訊くから必要ないと言う。賊も捕らえられることをおそれて緊張しているようだった。
―遠洋の暗闇に白い光か。
 モモは船乗りたちに何か見たかと訊いてみた。それは例えば馬鹿でっかいタコだったりイカだったりカメだったりするかもしれないけれど、みたいに。船乗りたちは何も見ていないと言う。
―それじゃあ見たのはおれたち三人だけってことだ。不思議にも。
 空が白みはじめる。三人は桐箱から残りの酒を取り出した。乾杯する。漂流の終わりに。 ☆301

 体についた血も汗も潮と風に洗い流された。朝の浜。船乗りたちに連れられてモモとサル、賊が歩いていく。先にはむしろにくるまれた死体が並べられていた。
 中型船から乗り込んできた海賊たちがいた。そのうち八人が船上で死んだことを知る。その死体。あとの七人は海へ飛び込んだ。行方は知れない。
 賊はむしろを開いてひとりずつその顔を確認した。死体の名前らしきを呼んで泣いていた。賊はモモとサルをにらんで言った。
「あんたらが斬ったのか」
モモは無言。サルも黙っていた。無言のふたりの横顔を船乗りたちが見つめる。
「船も一隻沈んだしいい。襲った相手が悪かったああ」
サルの言葉に賊は浜を打ち叩いてうなっていた。
 モモもサルも自分の荷は船から無事に取り寄せた。保管されていた。その点では船乗りたちは正直だった。モモとサルは刀を袋に包みそれぞれに荷を整えた。
 大型船は今日から三日間ここに停泊する。賊は死体を回収しに船でここへ戻ると言う。三日間までは船乗りたちが死体を預かっておくが、その先はどうなっても知らないこととなる。
 船乗りたちは死体を預かっておくための金を賊に要求した。賊が引き取り時に支払うこととなる。
「あいつら海賊相手に商売たあ抜け目ねえ。死体ひとりにつきいくらなんでしよおお」
 ひとしきり話も済んで船乗りたちはここをあとにしようとした。船乗りのひとりがモモに言った。
「船の客はあんたに感謝してた。何人かまだこの町にいるかもしれない」
 賊はモモに言った。
「奴らと話をつけたが。もうここは危ねえかな。おれは丘じゃ生きていけん」
「平気さ。捕まるならとっくに捕まってるはずだよ」
 漁師相手に早朝から開く店を見つけて入った。見慣れない三人だが店主も客もなにも言わない。誰も賊のことを通報しないでいてくれた。いい町だ。静かだし。めしもうまい。
 宿を探すが午後からでないと入れないと言われる。浜辺に降りた。岸壁を背に海を見ている。 ☆302

 晴れてるからまだよかった。これで雨なんかが降っていたら気分は最悪だったろう。人をあやめたあとだ。刀を伝わってきたその触感は忘れることのできない記憶。
「あんたら斬り師でなけりゃ何で食ってんだ」
「だからおれは薬売りよ」
「タロウさんは団子売りかい」
/
 モモは船から受け取り背にしょってきた商売道具一式の入った木箱を叩いてみせた。賊は腑に落ちないようだった。

「これからどおすんのさ」
「おれは死んだ奴らを弔わなきゃなんねえ。連れて帰る。おれたちの住む場所に。詳しいことは言えないが、おれたちには奪ったものを陸揚げする秘密の場所がある。この辺りにもいくつかあるんだ。海賊仲間で共通で使う場所が。そこで船を待つ。自分たちの船でなくても知り合いの船は必ずくる。そいつにおれの住んでる近くまで乗せてもらって。あとは自分たちの船でこの町へ寄って亡骸を乗せる」
「奪ったものを陸揚げするって人もか」
「ああそう」
「海からどうやって陸にさばく。士に売り渡すのか」
「方法はいろいろだ。おれたちの場合は仲買人に売り渡してる。その先は知らん。仲買人は士にも売り渡してるだろうな。士は何かといえば刀を使う。おれたちと同じで血の気も多い。海賊が士と商売すると問題が起こりやすい。仲買人に卸す方が楽だね。金はいくらか持ってかれるが」
「近頃急に増えたような。海賊たちが」
「金になるからな。人の売り買いは最高に割りがいい。海賊同士でも小競り合いしてるよ。おれたちも元は漁師だったんだ。でももう戻れないね。うま味を知った」 ☆303

「あんたたちの住む場所ってどこ」
「フッ。それは言えない。海の上のどこかだよ」
モモのさりげない問いを賊は微笑してはぐらかした。サルの大きな目がそれを見ている。
「奪ったものは本土へ運んで南土へは運ばないのか」
「南土へ運んでいる連中もいるだろう。ただおれたちは本土へだけ運んでるまでのことよ。南土にも士はいるが市場の勢いは本土に劣る。そのぶん付く値はいまひとつらしい。仲買人の数も本土ほどには多くない」
 ▲301
「今回の一件でおれたちは大損害だ。人も死んで船も失くした。海へ落ちた仲間は今も漂流してるかもしれん。襲った相手に襲われるなんざ聞いたことないぜ。とんだ赤っ恥だ」

 賊は先を急いでいこうとした。モモとサルも見送りに立ち三人は岸壁を上がった。しばらく歩くと人影があり漁師とその女たちだった。獲れた大量のイカを次々と天日干しにしているところだった。
―これイカうまいだあ。食べてってくれやあ。
漁師たちは三人に言った。
「おれってもうイカは食えないのかな。ダイオウイカと約束しちゃったから」
 三人は別れに乾杯した。賊にはその黒い杯とまだ開けていない酒瓶一本を持っていかせた。賊は去り際に言った。
―仲間殺してくれてありがと。これもなにかの縁なのか。
 モモとサルは浜辺を歩いていく賊の後ろ姿を見送った。/天日干しのイカが揺れる。
「あいつら海賊は内海に潜んでる。内海に無数にある島のどこかに。内海は潮が渦巻いて素人には難しい。入れても中で迷うって誰かに聞いたな」
 モモもサルも日焼けした。ふたりは賊の名を知らない。そのまま別れた。訊く気がしなかったし。別に知りたくもない。 ☆304

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 「あんな道具。どこで手に入れたんだ」
サルは訊いた。書状を読み返していたモモに。/
「あんな道具って」
「ほら枡みたいなやつさ。投げてドカーンと凄い音を立てるやつ。あと火を点けて船首をぶち壊してたろ。どかーんと。あれ何なの」
「ああ。爆弾ね」
「バクダンネ?」
 ふたりは宿の部屋にいる。窓から身を乗り出して横を見れば死体をくるんだむしろの並びとそれを見張る船乗りが見える。海沿いの宿。
「火薬っていうんだ」
「カヤク」
 この頃は火薬を使用する者は国内にはほとんどいなかった。「爆弾」「爆発」という言葉はまだ一般に知られていない時代。すでにモモは大陸からの武器商人と関係を持っていた。/
「大陸の連中はみんな馬に乗ってあんなのを爆発させながら戦うんだってさ」
「バクハツ」
「そう。どっかーんドカーンってさ」 ☆305

 「お客さん。お客さんタロウさん。あんたにお客さんだよ」
宿の親父に呼ばれてみれば入口に老いも若きも男が数人待っている。襲われた船で見た顔。モモを見て深々と頭を下げた。
 モモがここに居ることを聞きつけてわざわざ訪ねてきたという。表に出れば女子供の老いも若きもの幾人かが、これもまた深々とモモに頭を下げた。
 そのなかの老女がふたりモモの足元に歩み寄り土下座した。
「なんだよ。やめてくれ。そんなこと。さ。ほら立って」
 助けられた男たちは銭であろう小さな包みをモモに手渡そうとしてきた。モモは受け取ろうとはせず-男たちには包みを引っ込めさせた。
 男たちはそれぞれの家族、女子供たち、そのほかゆきずりの何人かを連れてこれからこの町を発つという。その行き先はこの近隣にある都市のひとつだった。山岳を避けて海路をまわってきた。
「ああ。それがいい。海も山も近頃は賊が流行りだし。人気が少ない土地には必ず士がくる。大きめの街に入ったほうが安全だ。どうぞ気をつけて」
 土下座した老女のひとりは息子に死なれて娘の嫁ぎ先へ身を寄せるのだという。きっと娘夫婦とその子供たちにはいじめられるだろう。だから本当は行きたくないとモモにひとしきり聞かせるのだった。
 もうひとりの土下座の老女も似た境遇らしい。その年寄り女は自分の胸と股ぐらをつかんでモモに迫った。まだ使えるいいモノだから私をあんたが貰っておくれえと笑い猛る。
 皆で大笑いした。後ろから見ていたサルと宿の親父も笑っている。
/

 モモとサルは宿の部屋でくつろいでいた。大型船で来た一行の全員が皆町を発ったことを宿の親父に聞かされた。親父は興奮して言った。
―いやお兄さんがた。若いのが海賊をやっつけちまったって噂になってたの。あんたたちだったのかい。いやこりゃ。たいしたもんだ。その若さで。ねえ! ☆306

 モモは浅い昼寝から目覚める。サルは窓辺で海を眺めていた。ふたりは出かけた。むしろの死体が置かれている場所へ行ってみた。
 ひとりの船乗りが見張っていた。歩み寄るふたりに船乗りは言った。
―この暑さに腐りはじめてる。
日に照らされたむしろには相当な数のハエが群がり飛んでいた。
―あすあさってなんかは凄いにおいになるだろうな―

 夕方。ふたりは砂浜を歩いた。モモは歩きながら思った。
―海も山も賊だらけ。そのほかは士の連中か。
天日干しのイカが連なり揺れている前を横ぎっていくふたり。
 夜。一軒の店で飲み食いしたが店主にイカがうまいよとすすめられる。モモとサルは見あった。注文はしなかった。
「あんなくだらねえ約束するんじゃなかったなあ」
「あの状況じゃしょうがねえよ。高い高~い。吸盤痛い痛~いだもん。ああでも言って約束しなきゃ。今頃どうなっていたか」
「私たちはもう。イカを食べられない体になってしまったのだああ」

 宿に戻っても親父にイカがあるからどうかとすすめられる。断るとこのあたりはこれからの時期イカ漁が盛んなんでと言った。
 部屋でモモは桐箱の書状を見返していた。サルはなにげなく桐箱の残りの酒瓶を動かして-箱の底をのぞいた。底の中央に小さめな焼印らしきが押されているのを見つけた。
 酒瓶を取り出して確認した。焼印は円の中央でイカが左右の触腕をかかげる様を模している。何かの紋章らしい。ロウソクの炎を挟んでふたりはお互いの顔を見た。
 窓の外。むしろの死体が置かれた場所では焚き火をしている。炎のまわりに数人の人影が立っているのが見えた。
 面前には夜の海が広がる。そこに散るいくつもの白い光。漁り火が見えた。 ☆307

鐘の鳴る 第六章 終

295~307 400字詰め原稿用紙50枚



ゆらりゆらりこ ももがゆく
ゆらりゆらりこ いぬもゆく
ゆらりゆらりこ さるつづく
ゆらりゆらりこ ゆらりゆうらりこおの
どこへゆく どこへゆく

ゆらりゆらりこ にしへゆく
ゆらりゆらりこ ひがしへも
ゆらりゆらりこ きたみなみ
ゆらりゆらりこ ゆらりゆうらりこおの
だれかゆく だれかゆく

ゆらりゆらりこ ひとあやめ
ゆらりゆらりこ ひとたすけ
ゆらりゆらりこ いにしえの
ゆらりゆらりこ ゆらりゆうらりこおの
はてしなく はてしなく

ゆらりゆらりこ みなのりゃんせ
あれにわらうが ときのふね
いきたあかしぞ とこしえの
ゆらりゆらりこ ゆらりゆうらりこおの
おどりゃんせ おどりゃんせ

ゆらりゆらりこ ゆらりゆうらりこおの
ねむりゃんせ ねむりゃんせ

どこへゆく ゆうらりこ
だれかゆく ゆうらりこ
はてしなく ゆうらりこ





















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